能楽師で、東京雑戯団の主宰者安田登さんが肝臓がんに罹患したことを公表した。安田さんは少し前に、家を捨て、家財や書籍を処分して、鞄一つの身となって仮の宿を泊まり歩く「ノマド(遊牧民)」の身となることを宣言したばかりである。風雲に任せて旅する遊行の人となったところで病気がみつかったのである。世捨て人に恒産があるはずもない。でも、入院治療にはお金が要る。そこで、平川克美、釈徹宗と私の三人が「勧進聖」となって安田さんの治療のために「喜捨」を求めることにした。『安宅』なら武蔵坊が朗々と勧進帳を読み上げるところである。浄財を投じれば「此の世にては無比乃楽(むひのらく)を誇り、当来にては数千蓮華(すせんれんげ)の上に座す」という功徳が約束されている。みなさん、いいことをしましょう。
そう呼びかけたら、5日間で1200万円を超える奉銭が集まった。これには呼びかけた「聖」たちも驚いた。
老後のために資産を貯えておかないと、国も自治体も面倒を見てはくれない。野垂れ死にしても自己責任というのが新自由主義の骨法のはずだが、世の中捨てたものじゃない。「ちょっと手を貸してくれませんか。安田さん、困ってるんです」と呼びかけたら、500人を超える人たちが身銭を切ってくれた。冷酷無残な時勢だと言われているけれども、そんなことはない。篤志厚情の人はちゃんといるのである。小津安二郎の『長屋紳士録』の頃とそれほど変わりはしない。困った時はお互い様である。
もちろん、これは安田登さんという希代の人が、私利や名聞を求めることなく、その旺盛なる好奇心の赴くままに天衣無縫の表現者としてこれまで涼しく生きてきたことの手柄である。その生き方と作品に感動し、感謝の気持ちを抱いている人がそれだけたくさんいたということである。
経済的な心配がなくなったので、あとはできる限り執筆と登壇に専念したいと安田さんは言っている。
共に過ごした時間に私が安田さんから学んだことは計り知れない。私たちがその余沢に浴する機会はまだかなり残されている。その時間をたいせつにしたいと思う。
(AERA9月30日)
(2026-10-03 17:25)