山崎雅弘『戦争を甘く見る空気』(朝日新書)書評

2026-10-03 samedi

 山崎さんは現代日本社会が1930年代と「似た道」を歩み、「戦争を甘く見る空気」がゆっくり広がっていると言う。もちろん90年前と世相はまったく同じではない。違うところもある。今の日本には統帥権干犯をかざす権力的な軍隊がない。治安維持法も不敬罪も憲兵隊も特別高等警察もない。でも、「ない」から「創ろう」としている人たちはいる。「まだない」が「もうある」になった時には手遅れである。それを止めたいという山崎さんの強い意志が本書を書かせている。
 本書は1930年代の日本人たちが、どのようにして「戦争を甘く見る空気」に感染して、亡国のシナリオに突き進んでいったか、そのプロセスをていねいにたどっている。読むと恐ろしいほど今の日本の空気に似ている。
 当時の空気を形容するのに、「国防酔い」という言葉を山崎さんは使っている。「国を守るための戦争という大義名分を信じ、自分も何らかの形でそこに加わりたいと願う精神状態」(90頁)のことである。「酔った」人たちは戦争の理非や適否について思量することを止めて、戦争を「日々の生き甲斐や自分の存在価値にも関わる『心の拠り所』」のするようになる。
 今の日本のメディアやネット空間にも「国防酔い」の刺激臭が感じられる。「日本スゴイ」という夜郎自大、中国や韓国に対するいわれのない嫌悪や蔑視、大日本帝国がアジアで行ったさまざまな侵略行為を正当化しようとする歴史修正...。どれを見ても日本人の道義性と知性が急激に劣化していることが窺い知れる。
 盧溝橋事件の直後、近衛文麿首相によって官邸に集められた主要メディアの代表は「政府の国策遂行に全面協力すべし」と述べた。
 今の日本でも、万一隣国との偶発的な軍事衝突があったら、官邸に集められた主要メディアの代表はきっと同じことを言うだろうし、国民の相当数は歓呼の声をあげるだろう。
(北海道新聞9月30日)