「超国家的組織を恐れる心」

2026-09-16 mercredi

 国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長を米国政府は制裁対象に認定した。ICCがイスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相のガザでの虐殺行為を戦争犯罪に認定して逮捕状を出したことを不当としたのである。赤根所長は資産凍結や入国禁止などの制裁を科される。ルビオ国務長官はICCを「腐敗し、致命的に政治化された超国家的裁判所」であると批判した。実に徴候的な出来事だと思う。トランプやルビオは「超国家的なもの」が心底嫌いなのだ。
 でも、私たち日本人にはどうして彼らが「超国家的なもの」をそれほど嫌うのか、理由がわからないと思う。それは私たちが「超国家的なもの」を政治的主題として思量する習慣がないからである。
 日本の国会は2005年に国連創設と敗戦60周年に当たって、こう誓約した。
 「世界のすべての人々と手を携え、核兵器等の廃絶、あらゆる戦争の回避、世界連邦実現への道の探究など、持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力をすべきである。」
 なんと、日本は核廃絶ばかりか「世界連邦の実現」さえ誓約していたのである。みなさんはご存じだっただろうか。私は知らなかった。知らないのも当然だと思う。だって、それから21年間、日本政府が「世界連邦の実現」のために「最大限の努力」をしているところなど一度も見たことがなかったからである。
 なぜ私たちは「世界連邦」という文字列を見ても特段の感懐を抱かないのか。それは日本人が市民革命を通じて市民社会を創建した経験を持っていないからだと思う。市民革命を経験した国民だけが、自分たちが身銭を切って立ち上げた「公共(コモンウェルス)」が市民の自由を統制する「怪物」に変身するという理不尽を知っている。
 米国人は独立後に、市民たちのうちの最も活動的な人々が彼らの意思を公共的なものとして他の市民に押し付けるという不測の事態に直面した。力のある市民が「公共」を名乗って、他の市民の自由を制約する。これは王政と戦っている間は想像もできなかった事態だった。市民たちの困惑はJ・S・ミルの『自由論』が詳述している。
 この時、アメリカの市民たちは「民主的手続きを経て選ばれた選良が特権集団を形成して他の市民を支配するのをどう防ぐか」という近代固有の難問に直面することになったのだが、この難問に対する答えは今に至るまで見つかっていない。
 だから、「世界連邦」とか「国際連合」とか「国際刑事裁判所」というアイディアに強い拒否反応を起こす人が米国にはいるのである。彼らの眼に、それらの機関は一部の特権的市民が他の市民を支配するために利用している「超国家的」暴力装置に見えるのである。
 遠くは合衆国憲法制定時に連邦が常備軍を持つことに猛然と反対したアンチ・フェデラリストから、近くは連邦政府機関が実はエリートたちが形成する「ディープステート」の手先であるというQアノンの陰謀論者まで、彼らが恐怖しているものは変わらない。それは「公的機関を名乗る悪の組織」である。
 トランプ大統領は、Qアノン陰謀論では、この「悪の組織」と戦う「救世主」とみなされている。だからトランプはICCのような超国家機関が国民国家の上に君臨して、好き勝手なことをすることに我慢がならないのである。トランプ政権になってから脱盟した国際機関はパリ協定、ユネスコ、国連人権理事会など66にのぼる。世界連邦など論外である。
 市民革命を経験したことのない日本人は「世界連邦」というアイディアを米国人がなぜ嫌悪するのか、その理由がよくわからない。彼らは「リヴァイアサン」を本気で恐怖しているのだ。
(山形新聞、9月3日)