みなさん、こんにちは。内田樹です。
本書は、医療経済学者の兪炳匡先生との「日韓連携」をめぐる対談です。
「日韓連携」というのは、日本と韓国がEUのような連邦を形成するというアイディアです。ずいぶんと大風呂敷ですけれども、ある種の「思考実験」としてぜひみなさんにも僕たちと一緒にこのアイディアの可否について吟味して頂きたいと思って本にしました。
現代の国際政治の二大プレイヤーであるアメリカと中国にはさまれたかたちで南北朝鮮、日本、台湾が並んでいます。もし米中戦争が始まれば、間違いなくこの地域が主戦場になります。中強度の戦争が長期にわたって続くかも知れないし、核戦争になって破滅的なことになるかも知れない。いずれにせよ、東アジアが主戦場になるリスクは日々高まっています。
どうやってその危機を回避するか。これは僕たちにとってきわめて切実な問題です。でも、日本の政治家も官僚も学者たちもあまり真剣にこの問題を考えているようには見えません。東アジアでは「日米韓」の軍事的連携だけが中国に対する抑止力になるという定型的思考に居着いて、それ以外の可能性について吟味する知的習慣を日本人が放棄して久しいからです。
現実を立体視するためにも「それとは違うシナリオ」について考えてみませんかということを僕は前から提案してきました。「日韓連携」はそのようなシナリオの一つです。別にこれが「正解」だとか「最高のシナリオ」だと言い張る気はありません。でも、これは十分吟味するに値するアイディアだと思います。
本書でも繰り返し言っているように、日韓が「連邦」を形成すれば、人口1億7千5百万人、GDP6兆ドル、世界第三位の経済大国になります。軍事力は韓国が世界5位、日本が7位ですから、これも合わせれば世界第三位の「軍事大国」になります(僕個人としては日本が「軍事大国」になることは少しもうれしくないんですけど)。巨大な連邦が成立して、それが米中両国のどちらとも同盟せず、米中と等距離外交を展開すれば、米中の直接対決をおしとどめ、かつ米中を架橋することができる。そういうアイディアです。
日韓連携は、東アジアの軍事的緊張を緩和させ、地域の経済的な繁栄を促します。米中戦争の先送りには確実に役立ちます。ですから、国際社会でこれに反対する国はふつうに考えればないはずです。日本における巨大な利権を失うことになるアメリカと、すぐ隣に巨大な経済圏ができる北朝鮮は不安に思うでしょうけれども。
とりあえず日本と韓国にとっては悪いことのないアイディアなんですけれども、なぜか、そのアイディアがこれまで真剣に顧慮されてこなかった。理由は二つあります。
一つはもちろん「アメリカが許さないから」です。
日本はアメリカの属国であり、宗主国の意向には逆らってはならないと心の底から信じている人たちが久しく政権の座にあって安全保障政策を起案し、政治学者として政策の適否を判断し、メディア文化人として国民に向けて発言し続けてきたのですから、仕方がありません。
でも、日本はたしかに事実上はアメリカの属国ですけれども、法理上は独立国です。ですから、アメリカから主権を奪還し、国土を奪還し、アメリカによる国富の収奪を許さないという目標を掲げて、石にしがみついても、1ミリずつ前進する...というのが本来日本の為政者の最優先の課題だったはずです。でも、そうなっていない。ふつうの国なら、外国軍基地が国内にあって、外国軍兵士たちが治外法権に近い特権を享受している状態を承認するはずがない。そんな倒錯が常態化するのは植民地だけです。
日本はそういう「変な国」なんです。まずそれを認めるところから始めるしかない。法理上は独立国なのに、属国であることを受け容れ、属国であることに満足し、属国であり続けたいと心から願っている。僕も兪先生も、「それは変だ」というところから出発しています。だから、日韓連携という二つの独立国に大きな利益をもたらす構想を「アメリカが許さないから」という理由だけで放棄することはできません。むしろ、日韓連携のアイディアを両国で練り上げてゆくことで、日韓ともにアメリカの影響力から「離脱」すべきだと考えています。
別に僕はアメリカが嫌いなわけじゃないです。アメリカ文学もアメリカ映画もアメリカ音楽も大好きですし、アメリカのデモクラシーはかなりまともに機能する(こともある)と思っています。でも、日本に対して植民地宗主国のような態度で臨むことは止めて欲しいし、ドナルド・トランプはアメリカ史上最低の統治者だと思っていますので、こんな人間の言うことには一言だって従いたくない。そもそも、この本の共著者である兪先生はアメリカ人なんですから、本書はいわば日米合作なんです。
アメリカ政府はこのアイディアには反対するでしょう。属国が宗主国からの独立を言い出すんですから、越権行為です。「ふざけたことを言うな」と反対するに決まっている。面子がまるつぶれですから。
それでも僕はそんなに気にしません。長い目で見れば、東アジアに広い緩衝帯ができることは、アメリカにとっても悪くない話なんですから。本書を読んで、「日韓連携によってアメリカの得るベネフィットと負うリスク」を冷静に考量するアナリストがアメリカにも出てくるかも知れない。Foreign Affairs に「日韓連携はわが国に何をもたらすのか? 平和か危機か」というようなタイトルの論考が出るかも知れない。そこまで行けば、僕としては(おそらく兪先生も)、この本を書いた甲斐があったと思うでしょう。
第二の理由はもっと面倒です。それは日韓連携というアイディアを「韓国が嫌がる」ということです。連携の当事者が連携を忌避するかも知れないんです。これは困る。
日本と朝鮮が合邦するというアイディアは実は歴史が長いんです。本書でも論及していますけれど、樽井藤吉が『大東合邦論』という両国の対等合邦のシナリオを書いたのは1893年(明治26年)のことです。明治時代の日本の「アジア主義者」たちの多くは(権藤成卿も内田良平も)、日本と朝鮮の連携が欧米列強によるアジアの植民地化に抗するためには必須だと考えていました。この認識そのものは間違っていなかったと思います。問題は、そのアイディアが短期間のうちに「日韓の対等合邦」から「大日本帝国による大韓帝国の併合」という形に遷移したことです。どういう歴史的要因がこの遷移に関与していたのか、これについてはここでは詳しく書く余裕がありませんので、本文を徴して下さい。
僕たちが提案する「日韓連携」は、116年前の「日韓併合」とどう違うのか。最大の違いは、国力の差が逆転したことです。大日本帝国のGDPは大韓帝国の5倍でした。大韓帝国は統治システムも軍隊も医療や学校教育も、近代化の度合いにおいて、日本に大きく遅れていました(宦官や科挙の制度が廃されたのは1894年でした)。今は違います。購買力平価ベースでの一人当たりGDPは、韓国は68,600ド、日本が59,200ドル。もう韓国の方が日本より生活水準の高い国なのです。軍事力ランキングでも先ほど書いたように韓国が世界5位、日本は7位です。ですから、両国間には相手を「併合」するほどの実力差はありません。日韓連携には対等の関係しかあり得ない。
「日韓連携」が議論の俎上に乗らないでいた理由がさらにもう一つあります。それは「日韓連携」というアイディアそのものを忌避する日本人が存在することです。「嫌韓」言説を履き散らす人間、それを丸呑みにするレイシストたちがいる。いるどころか、今も大きな政治的影響力を持っています。
本書はそういう人たちに対抗するための戦いの一環でもあります。でも、ご存じのようにレイシストはいくら情理を尽くして語っても、まず態度を変えてくれない。手ごわいんです。だから、彼らを説得することを僕はとりあえず諦めています。僕たちができるのは「日韓問題について特に何も考えていない人たち」を日韓連携のアイディアに引き寄せることです。これはレイシストを説得して改心させるよりはだいぶ現実性があります。
指折り数えると、アメリカと韓国と日本に、日韓連携を阻む要素がずらりと揃っています。「まえがき」でつい意気阻喪するようなことを書いてしまいましたが、別に僕も兪先生も悲観的になっているわけではありません。二人ともかなり楽観的です。だって、日韓連携は、冷静に考えれば、日韓両国にとっても、国際社会にとっても「すごく良いシナリオ」だからです。
日韓連携は現時点では空想的なアイディアに過ぎません。鳩山由紀夫さんが提唱している「東アジア共同体」構想には中国も北朝鮮もモンゴルもASEAN諸国も含まれていますが、僕たちの日韓連携構想はそこまで壮大ではありません。とりあえず東アジア共同体を遠くに望見する「最初の一歩」です。EUだって、欧州石炭鉄鋼共同体から始まって、今のかたちになるまで半世紀近くかかったんです。アジア共同体はもっと時間がかかるでしょう。「日韓連携」はその第一歩です。その先に「東アジア共同体」、さらにその先には「世界共同体」をめざす人類の政治的進化の長い歩みの一段階です。
「何を絵空事を語っているんだ」と冷笑する人がたくさんいると思います。でも、いいんです。世の中って、そういうものなんですから。こういう理想論は、こつこつと一人ずつ賛同者を増やすしかないんです。この本を手に取ってくださった方が、「日韓連携」について、家族でも、友人でも、話題にしてくれたら、それでいいんです。「変なこと言い出したやつがいるよ」でもいいんです。そこからしか始まらないんです。「日韓連携」という文字列を見ても誰も驚かない日が来るのを僕たちは切望しております。
2026年9月
内田樹
(2026-09-01 16:31)