橋本治『革命的半ズボン主義宣言』解説

2026-09-01 mardi

 橋本治『革命的半ズボン主義宣言』が河出書房新社から復刻されたのはもう2年前になる。この復刻は商業的には成功しなかったけれど、画期的な仕事だったと思う。復刻を河出書房新社に懇願したのは私である。小田嶋隆の供養としてどうしてもそれを実現したかったのである。
 今頃になってブログに上げるのは、バロン吉元『昭和柔俠伝』の解説を書いているうちに、「明治維新以来日本近代150年と対峙する」というフレーズが出て来て、ああ、そういえば橋本治さんはまさにそうだったよなと思い出して、筐底を探ったらこれが出て来た。

 みなさん、いかがでしたか。『革命的半ズボン主義宣言』は。橋本さんご自身が解題をされていますから、僕がこれ以上よけいなことは書かなくてもいいんですけれど、それでも解説をいたします。「屋上屋を架す」ようなものですけれども、それでもこの書物の重要性についてはどうしても説明が必要です。
 僕がこの本を重要だと思うのは、次の一節によります。この一節に『革命的半ズボン主義宣言』という書物の核心になるアイディアが書き込まれているからです。

 私の中には勤勉なる知恵遅れというか、鈍重なる水田用農耕牛というか、そういうものがどこかに巣食っていて、実は、私は小中高を通して、掃除当番というものを一遍もさぼったことがない人間なのである。さぼったことがあるどころか、そういう番が回って来ると、嬉々として働きまくるヘンな人間なのであった。(...)
 その間実に私は、他人が掃除当番をさぼるという光景を、ズーッと黙って目撃し続けていたのであったということがあるからである。
 ホントにそうなのである。どうしてもああもみなさん、平然と掃除当番をおさぼりになれるのかと、二十年前の執念深さがムクムクと鎌首をもたげて来るのである。
(147頁)

 「掃除当番をさぼる人たち」についての観察が橋本治という人の思想の原点にあります。てきぱきとお掃除をしながら、橋本さんは「なんでこの人たちは掃除当番をさぼるのだろう」とずっと思っていた。別に「おい、さぼらずにやれよ」という学級委員的立場から不満を感じたというのではないのです。橋本さんはこの人たちの凡庸なふるまいのうちに何か深く病んだものを感知したからです。「それ」を自分は決して受け入れることがないだろう。これからずっと「それ」と戦い続けることになるだろうと感じたからです。
 どういう人たちが掃除をさぼるのか。橋本さんは子どもながら精密な観察を通じて「実社会で平均的であればあるほど、一般的であればあるほど、そういう人間は掃除当番をさぼる」「"成績が平均的でおとなしい子"というのが掃除当番をさぼる」「彼等はやっぱりさぼるのだ、痛ましいほど陰湿に」(150頁)という仮説に至ります。
 ふつう、どんな社会でも「平均的な男」というのはあまり主題的に扱われることはありません。でも、橋本さんは「平均的な男」というものは、長期にわたる、体系的な訓育を通じて創り出されるものだと直感した。だから、橋本さんが熟知している「掃除当番をさぼる平均的な子ども」がどのようなプロセスを経由して、そのような人間に創り上げられたのかを解明できれば、それはただちに近代日本が何であるかを開示することになる。橋本さんはそう考えたのです。
 すごいと思いませんか。「革命的半ズボン主義」の論を進めるときの橋本さんが足場にしているのは「掃除当番をさぼる男」と「雪かきをしない男」についての二つの観察だけなんです。それだけを論拠にして、橋本さんは「日本の男とはなにものか」について明治維新から20世紀末にいたる「男論」を展開しているんです。
 ふつうの人はそんなことしませんよ。というか、できませんよ。恐ろしくて。でも、橋本さんはそれができる人なんです。それができるのは、自分が見聞したこと、その時に感じたことを橋本さんが決して忘れない人だったからです。それは、橋本さんが全身全霊をあげて学校に通っていたからです。そういう人なんです。ぼんやり学校に通っていたわけじゃないんです。なにしろ「大体、私にとって学校というのは、小学校の後半から中学高校にかけて、ほとんど天国のようなところだった」(152頁)んですから。
  だから、橋本さんは勉強もよくできました。授業を「ああ、座っているだけで、いろいろなことが学べてうれしいなあ」とにこにこ聴いている子がいたら、たぶん周りの子たちは「勤勉なる知恵遅れ」だと思ったでしょう。でも、そうやって遊び気分で授業を聴いていたせいで、橋本さんはすいすいと東大に入っちゃったんだと思います。

 はい、日本の男にとって、会社というもんは"学校生活"とおんなじもんだと私は思っています。世の中には"学校とは遊びに行くところだ"と心得ている人間と、"なんだか知らないけど、学校というのは行かなきゃいけないもんだ"と思っている人間の二種類しかいません。(199頁)

 橋本さんは「学校とは遊びに行くところ」と心得ている人間でした。そういうふうに生きるのが人として豊かな生き方だし、賢い生き方だという確信があったからです。それは橋本さんが「原っぱ」について書いた文章と対照させて読むとわかります。
 「原っぱ」というのは、橋本さんのうちの近くにあった現実の原っぱだけではなく、それからあと橋本さんが踏破したすべての場所、橋本さんが試みたすべての仕事のことをおそらく指しています。
 「原っぱ」について橋本さんは、こんなふうに説明しています。

 ある意味で、誰のものでもない土地なのね。誰のものでもない土地で空いてるだけだから、使い途が何もない土地は、大人にとってみればなんの意味もないような土地なので。ところが子供にしてみれば、草の海があるようなもので、そこに来て遊ぶっていうことするのね。(橋本治、『「原っぱ」という社会がほしい』、河出新書、2021年、161頁)

 「原っぱ」は遊ぶところであると同時に「学びの場」でもありました。だから、橋本さんがそこではいつも「年下の子たち」を気づかっていました。

 みんななんかやってて、その下にいるのが何なのかっていうと、やっぱりまだ一人立ちできない子で、僕達が鍛え上げて次に譲っていかなくちゃいけないんで、「僕達が"卒業"しちゃったもう原っぱにいなくなるんだから、この子達がちゃんと遊べるようにしなくちゃいけないんだよな」って、そういう風に思いながらやってたのね。(同書、174頁)

 こんな文章を読むと、麦わら帽子をかぶって半ズボンを履いた治兄ちゃんが「原っぱ」でにこにこと「この子達がちゃんと遊べるようにしなくちゃいけないんだよな」という使命感を覚えながら幼い子どもたちをみつめている風景が目に浮かんできます。これがたぶん橋本さんの「原点」なんだと思います。それからあと橋本さんが書いた本の多くは(本書も含めて)「この子達がちゃんと遊べるように」という橋本さんの気づかいの産物なのだと思います。
 そして、原っぱでの半ズボン姿まま橋本さんは学校に通うようになりました。まだ小学生だからそれでいいんです。でも、学校も「原っぱ」にいた時と同じように楽しく過ごせると思っていた橋本さんの期待は「掃除当番をさぼる子」との遭遇で深く傷つけられたのでした。橋本さんはあまり激しい言葉づかいはしませんけれど、成績がよくて、活発で、かつ掃除をさぼる生徒に対してのこの言葉は例外的に激しいものです。橋本さんの怒りを感じてください。

 ところが、こいつはズルイのだ。
 掃除当番をさぼってサッサと帰るということは絶対しないかわり、絶対やろうともしない。教室の隅に箒を持って立ったまま、友達と話しているだけなのだ。話しているだけで決して掃除なんかしないのである。(...)
 そのテの男共は、もう課長とか係長とか、ヘタすりゃ部長なんてのになってるかもしれないが、私はまったく信用なんかしないのである。しないどころか憎むのである。二十年前の埃だらけの教室で「お前なんかと死んでも口なんかきくもんか!」と思ったことは、私はたやすく忘れないのである
。(152頁)

 掃除当番をさぼるという、ただそれだけの平凡な行為のうちに男はその本性を剥き出しにする。そして、学校で掃除当番をさぼっていた男の子は長じて「雪かきをしない男」になる。橋本さんはそのような男たちがいかなる歴史的文脈を通じて形成されてきたのか、それを近代史を一瞥する視野から語り出します。
 小さな主題をいきなり大きな歴史文脈の中に位置づけて、その意味を明らかにする。これが橋本治という「説明家」の天才性だと僕はつねづね思っております。射程をいきなり変えるんです。微細な日常風景を観察しておいて、いきなりステップバックして、遠景を見せる。そういうことをする人なんです。
 小学校に入った橋本少年はなんといきなりここで「戦前」と向き合います。

 私は、小学校に入ると同時に戦前と的な男の現実とぶつかって挫折させられたからなんです。(...)社会に出ると男の子はウックツするんです―という訳で、私は小学校に入ると同時に"社会"と衝突したんですけども。
 という訳で、社会は戦前なんです。
 という訳で、オジサンの戦後はまだ―というか永遠に終んないんです。
(170頁)

 わかりにくいですね。でも、とてもたいせつなことがここには書いてあります。橋本さんが「原っぱ」と「学校」の境界線で出会ったのは、単なる管理とか統制とか利己心とか凡庸さとか、そういうものじゃないんです。「戦前的な男の現実」という巨大な歴史的堆積物と出会ってしまったのです。
 僕はこの「非対称性」に驚愕します。だって、こちらは小学一年生の子どもですよ。それが明治維新以来の歴史的堆積物とまっすぐに衝突する(もちろん衆寡敵せず。勝てるわけがありません。「挫折」するのは当然)。でも「衝突」するんですよ。6歳児が。壮絶な気概だと思いませんか。
小学校一年生の橋本さんには「社会というのは原っぱ的なものであるべきだ(だって楽しいから)」という牢固たる確信がある。そして、これについては相手が誰であろうと一歩も譲る気がない。
 この「一歩も譲る気がない」という気概が「来年の夏は半ズボン穿こうよ」という、ただそれだけのことしか提案していない書物が「革命的」である所以です。宣言の内容が過激だから革命的なんじゃないんです。「掃除をさぼる男、雪かきをさぼる男を私はまったく信用しない」という判断について私は一歩も譲る気がない。たとえ相手が日本近代史の総体であっても譲らない。この橋本さんの自立の揺るぎなさが革命的なんです。
 そして、「掃除当番をさぼる男、雪かきをさぼる男」が明治以降の近代史を通じて構築された社会的性格であるならば(橋本さんはそう診立てました)私はたったひとりでも半ズボンを穿いて戦前的な男の現実と対峙する、と。
 なんと凛々しい宣言でしょう。

 ここでいう「戦前的現実」というのは、明治維新以来の、「近代国家を建国しなければならない」という国民的な義務感が創り出したものです。放っておけば欧米列強の植民地にされてしまう。とにかく近代化して、富国強兵して、社会制度整備しないと、たいへんなことになる。日本における近代化というのは、この恐怖心に駆動されたものでした。

 まず、近代の日本というものは、近代化されなければいけないというところからスタートした。
 こんなことは当たり前のようだが、全然当たり前ではない。何故かといえば、国そのものが"近代化"されなければいけないという発想自体が、ヨーロッパのものではなく、アジアのものだからである。
(121頁)
 
 では、日本を近代化するとは、具体的にはどういうことだったのか。これについても橋本さんの記述は簡にして要を得ていま。

 で、近代国家というのがどういうもんかというと、命令系統が一つで、上から「こうしろ!」という命令が降って来ると下が「はッ!」と行って動く軍隊みたいなもの。元々防衛上の必要で生まれたもんだからこうなって当然。(172頁)

 あっさり書いていますけれど、これは近代日本の成り立ちについての本質的な指摘です。日本はヨーロッパのように自然発生的に近代化したわけではなく、ヨーロッパ的な「近代国家」をお手本にしながら、そのお手本に支配され収奪されないために短期間に近代国家を作り上げるという曲芸を演じさせられました。そのためには国民的合意形成とか、市民的成熟とかいう「時間のかかること」はとてもできなかった。軍隊的なトップダウン組織を即席で作るしかなかった。たぶんそうなんだろうと思います。でも、急いだせいで、大きなミスを犯した。

 坂本龍馬、高杉晋作といったところを始めとして、明治維新を動かした頭のいい人間はみんな死んじゃって、明治維新を動かしたのはその下にいた、ろくに頭のよくないヤツだったということは常識になっている。(172-3頁)

 これはすごく大事な指摘です。トップダウン組織というのは、トップに「頭のいい人間」「賢い人間」がいると効率的に機能します。けれども、必ずトップに頭のいい人間が来るようなプロモーション・システムを装備していません。大事なことなのでもう一度言いますけれど、トップが全権を持って、下僚に命令を下し、下僚はそれを遅滞なく実現するという仕組みは、どれほど精緻に作り込んでも、「トップに賢い人が来る」というようには設計されてないんです。偶然そうなることはたまに(ごくたまに)あるかも知れませんけれど、ふつうは「何を命令されても言うことを聞く人間」が出世を遂げる。それも「あきらかに間違った命令や有害な命令でもはいはいと聞く人間」がトップからすれば「かわいい部下」として重用されて累進を遂げる。つまり「気の利くイエスマンが出世する」、もっと平たく言えば「バカが出世する」のが日本型トップダウン組織です。日本の組織というのはおしなべて「そういうもの」なんです。 
 なぜそんなものになったのかというと、急いでいたからです。一刻も早く近代化しないと植民地にされるから。焦燥と恐怖を感情的な駆動力として、日本は近代化を遂げた。そのためにトップの命令一下の全員が「右へ倣え」する軍隊のような組織を作るしかなかった。でも、この組織には「賢い人」を登用するための仕組みも、バカを権力の座に就かせないための仕組みもビルトインされていなかった。それが21世紀の今日に至るまで続いている「戦前的な男の現実」なんです。だからこそ今の日本は「こんなざま」になっているわけですけれど。
 本来なら、そういう「戦前的な男の現実」は戦争に敗けて、制度が民主化された時点で終わらなければならなかったのです。でも、終わらなかった。「オジサンの戦後はまだ―というか永遠に終んないんです」という悲痛な言明の通りに。
 戦前、男たちは徴兵されました。

 男だっていうだけで殺されなきゃなんない義務背負ってたら、ちょっとばかりの特権なんての意味もないじゃない。おまけにその"特権"というのは、女子供に対して威張り散らしてもいいという、ホントに索漠たる特権でしかないっていうのに。(182頁)

 それなのに、ようやく生きて戦後を迎えた男たちは「『あーあ、ヤバかった。ホント男って損だなァ』という発想をどうしてしなかったんだろう?」(184頁)
 
 そうなんです。「ほんと男って損だな」と男たちが思ったら、そこから話は変わったはずなんです。二度と戦争なんかしないような国にしようと思ったはずだし、バカなやつが偉そうにするシステムなんか廃絶しようと思ったはずなんです。でも、日本の男たちはそうしなかった。何も変えなかった。だから、戦後日本にも「男だっていうだけで殺されなきゃなんない義務」がさまざまにかたちを変えて生き延びることになった。暑い夏に半ズボンを穿かないでいる「男の義務」は単に「本人が不快であるだけ(あるいは「同じオフィスにいる女性が凍り付くだけ」)では済まないのです。それは「戦前的な男の現実」の無数の変奏の一つなのです。

 俺、中学とか高校大学で平和運動が嫌いだったのその一点だもんね。「自分は兵隊に行かないで済むと思って、そういうこと平気で言ってるけど、そういうヤツが戦争になった途端、"やだァ、兵隊なんか行きたくなァい"って言ってる俺のことを非国民扱いするんだぜ」って、私はズーっと思っておりました(...) 
 どうして、何もなくなった廃墟の日本で、これから新しい社会とか生活を作ろうって時に"男の義務"という根本の大問題を誰も考えなかったか、私は不思議ですね。私はズーっと、この"義務"が怖かったもん
。(185頁)

 戦争に負けてなんにもない焼跡に帰って来て、まず人間が考えることっていうのは「一体俺達は、なんでこんなバカなことをやったのかなァ?」というそのことだと思いますね。まともな人間だったらまずそういうことを考える。
 何故そんなバカなことをやったのか? 人間が何百万人も死んで国は焼け野原で、生きている人は呆然としている―そんな結果になるようなバカなことを何故日本が出来たかといえば、理由はただ一つ。
 それは日本がバカだったから。バカじゃなきゃバカなことはできない。バカなことをやる人間はバカ以外にない
。(190-191頁)

 そうなんです。バカって、要するに「ものごとを論理的に、根源的に考えられない人間」ということです。日本の男たちが歴史的愚行を犯したのはバカだったからである。そこまではよろしい。でも、愚行の後もそのバカは治っていない。ということになると、これから日本を「バカじゃない国」に作り直すための理知的な足場というものがありません。わかっているのは、自分たちは相変わらず遅れていて、貧しく、そして弱いということだけです。

 僕達は遅れていて貧しいんだという心的外傷(トラウマ)が。この時日本の男達の中に刻み込まれる
。(191頁)。

 敗戦の時のこの男たちの精神状態は、植民地化される恐怖に駆られて近代化を急いだ時のそれと同じです。「ああ、やっぱり俺たちはすさまじく貧しく、愚かで、弱いんだ」ということだけがリアルで、「何がどう遅れて、何がどれだけ貧しいのか。どうなれば遅れていなくて、どうなれば貧しくないのかなんていう、冷静な検討をしている余裕なんてこの時にはない」(191頁)のでした。そこから戦後日本社会は始まった。そして、今に至るまで日本の男たちはこれについて「冷静な検討」をしたことがない。

 橋本さんが「半ズボンを穿こう」という言葉を向けるのは、この男たちに対してです。もちろん橋本さんがそう言ったからといって、この男たちは決して半ズボンを穿きません。彼らの平均性と同質性と頭の悪さがそれを阻止します。

 前にも言いましたけど、おとなしくって成績が一般的な人ほど掃除当番をさぼるんですね。誰が一番さぼるといって、その人達が一番コソコソとズルをします。私が基本的に"大衆"というものを信じてないのは、"大衆"というのは、こういう人達が周辺部に群れることによってその数というものを成立させているからですね。(195頁)

 だから、橋本さんはきっぱりと「そして、こういう人達に半ズボンを穿かせることは、無理ですね」(195頁)と断定します。
 自分のことを「平均的な男」「一般的な男」だと思っているこの男たちが「みんな進んで太平洋戦争になだれこんで行くことを」許した。そして、兵隊に行くのが怖いという橋本治をこれからも機会があれば「非国民」と罵る。その恐怖は橋本さんにとって疑い得ないリアルです。
 だから、橋本さんは彼らに向かって「大衆であることに甘んじてはならない」と告げます。それは言葉を換えて言えば「大人になれ」ということです。もう一度、敗戦の原点に立ち戻って、焼け野原で、立ち尽くして、どうして俺たちはこんなバカなことをしてしまったのだという反省から、「大人になろう」と決意し直すことを求めます。その時に橋本さんが提示するのが「夏にも半ズボンを穿ける大人」というロールモデルです。
 それは別に「少年の心を持ったまま大人になる」ということではありません。「半ズボン穿いたまま大人になったってしょうがない」んです。半ズボンを穿くという行為はそんな自然なものではありません。それは「雪崩打つ」力に抗って、あえて選び取らなければならない。そのためには近代日本の「大衆」をかたちづくってきて、粘りつくような執拗な平均的心性とまっすぐに向き合い、それに対して「否」を告げることが必要です。
 諸君は半ズボンを穿かない。でも、僕は穿く。それは僕が「原っぱ」で経験したこと、学校で経験したことによって獲得した知見に基づいている。僕は半ズボンを穿く。近代化に抗って、植民地主義に抗って、多数派の鈍感さに抗って、「戦前的な男」を終わらせることのできないすべての男に抗って、半ズボンを穿く。

 大人になるということは、改めて半ズボンを獲得し直すという、ただそれだけのことだ。(243頁)

 すばらしい宣言だと思いませんか。