日本の武道の伝統を継承してくれるのは、女性たちではないかと思う。兆候に最初に気づいたのは、十年ほど前、羽黒で山伏たちと懇談した時である。集まった山伏たちは7割ほどが女性だった。「修験道は今、若い女性が支えているのです」と先達に教わった。
私の道場でも事情は似ている。合気道は6対4で女性が多い。杖道と新陰流では圧倒的に女性。滝行でも先達と私以外は全員女性という日がある。
私は医療系の大学の理事もしているが、入学式に演壇に立つと、新入生の6割以上が女性である。男女数が均衡しているのは医学部だけ。あとは歯学部も薬学部も看護学科も圧倒的に女子が多い。日本の医療は女性が支えているのである。それは伝統芸能も同じである。どのジャンルでも新しい動きを牽引している女性演者の姿が際立つ。
男たちはどこに行ってしまったのだろう。
たぶん彼らは「競争」に行っているのだと思う。組織やマーケットでの相対的優劣を競うことに必死で、なかなか「修行」には来てくれない。
修行の目的は「我執を去って自在を得ること」である。だから競争がない。修行者たちは互いの相対的優劣を競わない。勝敗強弱を論わない。ただ我執を去るために日々稽古を重ねる。その理路が男たちにはなかなか受け入れてもらない。競争に勝って、権力や財貨や威信を手に入れることが人生の目的だと信じている男に「修行」の意義を理解させることは難しい。「我執を去ると私にはどんないいことがあるんですか?」と訊かれても返答に窮する。修行を積むのはそもそも「いいこと」を享受する「私という主体」そのものを手離すためなのだから。
このまま男たちが修行の道に戻ってきてくれないと、遠からず日本の伝統文化の継承者はほとんどが女性ということになるだろう。伝統が受け継がれるなら、それで問題はないのだけれど、男たちがなんだか気の毒である。
(『月刊武道』3月号 3月19日)
(2026-08-30 11:03)