理想の大学 その2

2026-08-11 mardi

 先月号に続いて「理想の大学」について書きます。
 先月書いた通り、僕にとって組織の理想は「中枢的に管理されなくても、各部署が、自律的にそのつど適切に動くことのできる集団」です。
 これについてはロビン・ダンバーという人類学者の研究があって、集団には「最適のサイズ」があるんだそうです。「管理しなくても、自律的に最適行動ができる」の最大サイズは150人。彼はそれを「ダンバー数」と名づけております。そのサイズだと、何かあったときにいちいち「中枢」に報告して、その指示を待つということをしなくても、全員が顔見知りで、誰がどういう能力を持っているかわかっているので、何かあっても、横を見て「ちょっと、あれを何しといてよ」「おうよ」で話が通じてしまう。いちいち管理部門の指示を仰がなくても済む。
 こういう集団が最も戦闘に適しているというのはわかりますね。ローマ時代の戦闘単位は「百人隊(ケントゥリオ)」でした。日本史上最強の武闘集団新選組も全盛期の池田屋事件の頃の隊員数が約100人でした。現代戦の基本的な戦闘単位は中隊ですが、これもやはり150人です。
 ダンバー数集団のかんどころは、「指示待ち」せずに動けるという点です。末端から中枢へ報告が上がって、「こんなことがありましたけれど、どうしましょう」と相談して、中枢が判断して、指示が出て、末端はそれ従う...ということをしていると「夜が明けてしまう」。
 危機的状況にはこんなのろまなシステムでは対応できません。現場で即断即決しないといけない。でもそれができるためには、成員全員が「自分たちの集団の使命」を熟知していなければなりません。集団の利益を最大化するために何をすればいいか、誰に言われなくても全員がわかっている。それなら指示を出す必要がありません。
 かつての英国のエリート教育というのは、「そういうことができる人」を育てるためのシステムでした。またまた話が脇道に入ってしまいますけれど、面白い話なので続けさせて下さい。パブリックスクールで英国のエリートたちは十代からサッカー、ラグビー、ボートなどの集団的なスポーツを叩き込まれます。これはメンバー全員がまるで「一つの身体」のように動く訓練です。
 元日本代表のウイングだった平尾剛さんに伺った話ですが、絶好調の時は、センターからのアイコンタクトなんかなくても、自分が走るべきラインがはっきり見えて、そこに吸い込まれるように走り込んで振り返ると、胸元にぴたりとパスが放り込まれる...という感じなんだそうです。右手と左手を合わせて拍手するときにお互いに相手を探したりしませんよね。そういう感じ。
 指示がなくても、自分がいつ、どこで、何をしなければならないか「わかる」人材を育成すること。それが本来のエリート教育でした。かつて大英帝国は「太陽の沈むことがない」植民地帝国でしたから全植民地に行政官や軍人がいます。急に何か大事件が起きたときに、本国に指示を仰いで、それが届くのを待ってフリーズしていたら、破局的な事態を迎えるリスクがある。だから、現場で即断即決する。
 「アラビアのロレンス」と呼ばれたトマス・エドワード・ロレンス中佐は本国政府の指示なしでアラビア半島でオスマントルコ相手のゲリラ戦を展開し、アラブの族長たちにさまざまな外交的約までしました。彼がそんな決断ができたのは、何が英国にとって最良の軍事的・外交的選択であるかを彼が「知っていた」からです。
 人類学者のエヴァンス・プリチャードはアフリカでフィールドワーク中に第二次世界大戦が始まったので、それまで研究対象だった現地人たちを集めて「はい、君たち今日から僕の部下になってください」と軍隊に編成して、彼らを率いて敵基地を攻撃しました。もちろん政府の指示なんかなしです。
 「そういうこと」ができるのが20世紀までの「エリート」でした。今とは時代が違いますから、「そんな植民地主義者のどこがいいんだ」と眉をひそめる方もいるでしょうけれど、上位者から指示されなくても、自分が何をなすべきか「わかる」能力を具えた人たちで形成された集団と、指示がないとぴくりとも動かない人たちで形成された集団のどちらが生きる力が強いかはわかりますよね。
 僕はこういう「指示がなくても、みんなが自分がなすべきことがわかっている」という集団を作りたいと思っています。そのためにはいくつか条件があります。集団の「ミッション」が明確であること。そして、そのミッションを果たすことが自分の自己利益の実現にとどまらず、「大義」に資するものであると(信じられている)ことです。英国の場合は「英国の国益」のさらうに上に「文明の普及」という「大義」が掲げられていました。よけいなお世話と言えばよけいなお世話なんですけどね。
 学校もそうだといいなと思います。具体的にどうするのか書く前に今回も紙数が尽きてしまいました。続きはそのうちに。
(「蛍雪時代」9月号 6月21日)