地方の高校に講演に行った時、教員たちを相手に講演した後に高校生たちと懇談する機会があった。20人の高校3年生といろいろとおしゃべりをした。参加してくれた20人のうち18人が女子だった。「結婚はした方がいいですか」「天職はどうやってみつけたらいいのですか」「AIとどう共存できるでしょうか」などなど、面白い質問が続いたので、つい興に乗って話し込んでしまった。
驚いたのは、積極的に質問するのがもっぱら女子生徒だったということだった。その学校の先生に訊くと、生徒の男女比は4対6くらいだけれど、成績優秀の上位は女子生徒が独占、生徒会長も女子、部活のリーダーシップを執るのもだいたい女子ということだった。
その数日前に私が理事をしている医療系の大学の理事会で、奨学金給付の学生リストが配布された。もちろん受給資格は成績順で決まるのだが、各学部とも成績上位はずらりと女子学生だった。医療系大学なのでたしかにどの学部も女子比率は高いのだが、それにしても受給生の85%が女子というのには驚いた。
私の道場である凱風館でも事情は変わらない。活動の母体が神戸女学院大学合気道部であるから、合気道の高段者に長く稽古している女学院のOGが多いのは当然だけれど、それ以後に入門してきた人たちでも6:4で女子が多い。そのほか、凱風館にはいろいろな「部活」があるが、杖道部、新陰流、居合研究会、乗馬部、滝行部などなど修行系の部活は創部するのも運営するのもほぼ女性門人である。ふと見回すと稽古しているのが女子だけということも珍しくない。
能楽の世界でも事情は変わらない。能楽堂の見所に行くとよくわかる。観客のほとんどは女性である。舞や謡を稽古しているのも、圧倒的に女性が多い。意外なことに、修験道でもそうである。以前羽黒の宿坊で若い山伏たちとよく懇談したけれど、ある時期から女性が参加する山伏たちの過半を占めるようになった。現代の修験道を支えているのが女性たちであることをほとんどの日本人は知らないと思う。
日本のあらゆる領域で似たようなことが起きている。どうも女性たちは今の社会を見て、間違った方向に流れてゆく社会を補正するために、流れを「もとに戻す」ために動き出しているように見える。日本人のあらゆる活動が「本来の道」から逸脱していると感じた女たちが、男たちが立ち去ってしまって、ぽっかり無人になってしまった「日本の保守本流」に立とうとしている。そんなふうに見える。
先日、日本のある超大手企業の方が訪ねて来て、社内研修について意見を聴きたい言ってきた。40~50代のサラリーマンたちには「自分を向上させよう」というモチベーションが欠落しているのだと言う。定型的な実務はこなして給料分の仕事はしているが、見ていて少しも楽しそうでない。これでは退職した後に生き甲斐を見出せず、一気に老化するのではないかと懸念されるという話だった。どうすればいいのか訊かれたので、男たちはずっと「競争」をしてきて、「修行」という生き方があることを知らないのではないかとお答えした。
生き方には「競争」と「修行」の二つがある。日本人は子どものころからずっと競争させられている。同学齢集団の中で、相対的な優劣を競わせて、評点をつけて、格付けをして、スコアの高い子どもに褒賞を与え、スコアの低い子どもには処罰を与える。そういうルールで競争させると、子どもたちは必死になって自分の能力を高めようとする。だから、子どもの潜在可能性を開花させるには、競争させるのが一番効果的な方法なのだ。多くの人がそう信じている。
たしかに苛烈な競争に投げ込むと子どもたちは生き延びるために必死になる。それによって爆発的に潜在能力が開花するという子どももいる。けれども、そんな競争を何十年も続けられるほど人間はタフではない。どこかで足を止めてしまう。敗けた人間は「どうせオレなんか・・・」という否定的な自己評価に居着き、勝った人間は「オレは正しかった」という肯定的な自己評価に居着き、どちらも変化することを止めてしまう。
日本社会は過去30年ほど「競争させて、評点をつけ、格付けに基づいて資源を傾斜配分する」という仕組みが最もフェアで効率的であると思い込んですべての制度を設計をしてきた。その結果が今の日本である。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれた面影はかけらほどもない。そろそろ気が付いてよい頃である。
競争でしか人間は成長しないという思い込みが間違っていたのだ。
東アジアでは久しく人間の成長プロセスは「修行」というかたちで行われてきた。師や先達に就いて、その教えを受けて、学び、技芸を会得する。誰とも相対的な優劣を競わない。ただ、先達の背中を見ながらひたすら「道」を歩む。比較する相手がいるとすれば、それは競争相手ではなく、「昨日の自分」である。自分が昨日から何歩「道」を先に進んだか。それだけが問題である。誰とも勝敗強弱巧拙遅速を競わない。
私自身は25歳の時に、合気道の多田宏先生の弟子となり、以後50年間「修行者」として生きて来た。武道においてだけではない。フランス文学・哲学の研究者としても、大学教員としても、物書きとしても、私は競争をしたことがない。論争もしなかったし、他人と自分の知識の多寡や賢愚を比べるということもしなかった。私はただ弟子として、師の教え(武道においては多田先生の、哲学においてはエマニュエル・レヴィナス先生の)を世に伝えるということだけに専念してきた。師の教えの伝道者・祖述者として生きて来た。
修行者として生きるというのは、別に出家遁世するということではない。私はこの50年間ずっと俗世に生きて、生業を営んできた。心構えが「競争者」ではなく「修行者」であるというだけのことである。
私を訪ねてきたサラリーマン氏には「競争の他に修行という生き方もあるということを同僚たちに教えてあげてください」とお伝えした。そして、競争から修行へというシフトを女性たちの方がだいぶ早くから始めていることも教えて差し上げた。
(農業協同組合新聞6月15日号)
(2026-06-17 09:07)