読書をしない子どもたち

2026-03-13 vendredi

 ベネッセ総研と東大が昨年実施した調査によると、小1から高3まで「一日に読書する時間がゼロ」と回答したのが53.7%。10年間で1.5倍に増えたそうである(毎日新聞10月26日)。
 学年が上がるとともに「読書をしない」割合は高まり、高校生では読書ゼロの割合は69.8%に達する。スマホの使用時間は大幅に増えており、高校生では一日138.3分。スマホの使用時間が長い者ほど読書時間が短い傾向があった(当たり前と言えば当たり前だが)。
 それにしても、高校三年生の7割が本をぜんぜん読まないというのは危機感を持ってよい数値だと思う。スマホで見ているのが動画なのかマンガなのかゲームなのか、いずれにせよ長い文章を読み、思索を深め、語彙を増やす上で益するところはないだろう。
 先日、100人ほどの大学生、大学院生を前に講演した。米国の内戦や日本での極右の台頭について話したのだけれど、学生たちの反応がはかばかしくない。講演後に一人の学生が手を挙げて、「先生は講演の中でカール・マルクスやクオリティー・ペーパーについて話されましたけれど、ここにいる学生の中にはそういう単語さえ知らない者がいるということを知った上で話されたのですか?」と質問してきた。
 私の話の中に知らない固有名詞やテクニカルタームが出てきて、「意味がわからない」と思った学生はきっと何人もいたと思う。でも、私はその人たちに合わせて話す内容のレベルを下げるつもりはない。「意味の分からない語」を耳にしたら「意味がわかりたい」と思うのが自然である。そう思ったら今はすぐに携帯で調べがつく。それを「したくない」と思う人は自分の「無知」に居着き、自分の「無知」を愛しているのである。言葉はきついが、それは「知的に死んでいる」ということである。生き物の本質は「絶えず変化すること」である。私は君たちに生きて欲しい。そう答えた。(信濃毎日新聞2025年10月4日)