衆院選が自民党の圧勝で終わった。こんなに勝つとは思っていなかったので、当の自民党も困惑していると思う。小選挙区制ではこのようなことがしばしば起きる。比例票だけを見ると、自民党が2103万票、中道が1044万票で、ほぼ2対1だが、獲得議席は316対49で6.5対1に差が拡大している。
小選挙区制では、わずかな入力差が劇的な出力差をもたらすことがある。民意の変化に敏感に反応するのが利点だが、民意の実相を映し出す仕組みとは言えない。
小選挙区制の弊を語る場合によく引かれるのが1993年のカナダの総選挙である。この時、政権与党の進歩保守党は155議席から2議席に急減した。得票率は16%。単純計算なら定数295議席のうち47議席を得てよかったのだが...。
今回の総選挙はそこまではゆかないが、やはり小選挙区制の歪みが露呈した。2024年の総選挙では、立憲民主党はその前の2021年総選挙より比例得票数で7万票、得票率も20.0%から1.2ポイント微増しただけだったが、議席は98から148に1.5倍に膨れ上がった。どの政党が得をするのかは状況次第ということである。
だから、選挙結果を過大評価してはならないと思う。地殻変動的な民意の変化があったかのように語るのは適切ではない。ここでは確かに「潮目の変化」は感知されるが、それが政体の構造的な変化をもたらす変化なのか、さざ波を立てただけで消えてしまうものかは今はわからない。2009年の総選挙で民主党は比例で3000万票という前代未聞の票を得て政権交代を実現したが、それで「日本社会が根本から変わった」と思う人は少ないだろう。
自民党も「圧倒的な民意の支持を得たので、もう何をやっても許される」とは思わない方がいい。大敗した中道も、一時の熱気を失った右派諸党も、退潮を続ける左派諸党も、「敗因は何か」と眉根にしわを寄せなくてもいいと私は思う。
民意は移ろい易い。民意の後を追えば、自分たちが何のために政党を立ち上げたのか、初発の理念を忘れてしまう。民意を後追いする政党はいずれ見捨てられる。現に多くの政党が「民意に応える」べくこの四半世紀生まれては消えたが、私たちはそれらの党の党名さえもう覚えていない。
問題は国民が何を望んでいるかではない(そんなことは当人にもわからない)。国民に「あなたがほんとうに望んでいるのはこれではないですか?」と問いかけながら、解像度の高い未来社会のヴィジョンを示すことである。政党の本務はそれに尽くされる。
(日本農業新聞、2月26日)
(2026-02-27 07:02)