改憲について

2026-02-23 lundi

 読者の方からこんなメールをもらった。質問へのお答えはブログに公開しますとご返事をした。
こんな質問である。

 質問(1):現在公開されている自民党の改憲草案(2012年作成)は、このままではとても大多数の国民が賛同するとは思えない酷い代物です。果たして、これをそのまま国民投票の材料として使ってくるのでしょうか。
 ひとつのケースとして、国民投票向けに口当たり良くソフトに書き直した草案を提示してくることも考えられます。その場合、文言に解釈変更の余地を残すとか、何か抜け道を用意しておいて事後的に文言を再修正するとか、あるいは我々の想像を超えるような悪辣な手を使ってこないとも限りません。現時点では予測の話でしかありませんが、この草案の問題について、先生はどうお考えになりますか。

 自民党の改憲草案をそのまま国民投票にかけるとは僕も思いません。おそらく九条二項の廃止と自衛隊の明記と緊急事態条項の追加が改憲のポイントになると思います。
 その中では緊急事態条項が一番重要で、これが憲法に追加されると法的に独裁制が基礎づけられます。これは全権委任法です。
 緊急事態条項についてはこれまで何度も書いてきていますけれど、問題点を再度指摘しておきます。
 草案によれば、内閣総理大臣は「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害」に際して緊急事態の宣言を発することができます。
 問題は「内乱等による社会秩序の混乱」の「等」です。ここには何でも入れることができます。何を以て「社会秩序の混乱」であるかを規定する客観的な条件が書かれていません。ですから、内閣総理大臣の主観に基づいて緊急事態宣言はいつでも発出できるということです。
 緊急事態が宣言されると、憲法は事実上停止され、内閣の定める政令が法律に代わります。「閣議決定」がそのまま法律となる。衆院選挙は行われないので議員たちは緊急事態宣言下では「終身議員」となります。ですから、もし発令時点で与党が過半数を占めていれば、国会が100日ごとに宣言の延長を議決する限り、緊急事態宣言は永久に延長できます。
 そのような宣言の無制限の延長は不当であるという国民の声は議会外でのデモやストで表示するしかありませんが、まさにそのような異議申し立てそのものが「社会秩序の混乱」であるのだとしたら、それは緊急事態宣言の正当性を根拠づけるものでしかありません。
 緊急事態宣言はそのような出口のないループに日本国民を閉じ込めるための法的装置です。
 この条項をとくに「自然災害」の焦点を合わせたかたちで、改憲の文言に紛れ込ませるということはあると思います。
 ただ、2012年の自民党改憲草案は、自民党が日本をどういう国にしたいのか、まことに正直に書いてありますし、いまもネット上で公開されています。その点では「フェア」だと思います。ほんとうに「悪辣」なら、こんなものとっくに削除しているはずですから。

質問(2):例えば、所謂「ソフトな高市支持層」のような人達に改憲の危険さを伝えるとき、
どういう言葉の選び方をするのが効果的か、思案しています。対面の会話の場合と文章の場合、また相手との関係性によっても様々なケースがありますが、いずれにしても、ただ一方的に高市の欠点や邪悪さをあげつらうだけでは足りない気もします。この点について、何かお考えがありましたらご教示ください。

 
 人を見る目がある人とない人がいて、「人を見る目がない人」は簡単に、繰り返し騙されます。この欠点は補正できないもののようです。僕が知る限り、どれほど煮え湯を飲まされても、「人を見る目がない人」はその後も繰り返し騙され続けますから。
 これはフロイトのいう「反復強迫」かも知れません。騙されることでどれほど不快な思いをしても、それが同じパターンを繰り返すことへの固着を解除してくれない。
 フロイトが挙げているのは三人の男と結婚して、三人とも病弱で、死ぬまで夫の看病をすることになった気の毒な女性の例です。彼女はもちろん「死にそうな男」を選んで結婚したのです。配偶者を失う苦しみよりも、同じパターンを繰り返すことへの固着が優先したのです。
 日本の有権者が自民党を選び続けて30年間どんどん不幸になっているのは、これは「快感原則」では説明がつきません。高市支持層はいずれ彼女が国民の期待を裏切って、生活が苦しくなり、行政サービスが低下し、税金は上がり、国力は下がり、日本の国際社会の地位が下がることを内心では「知っています」(だから、実際にそうなっても別に失望しないし、支持を止めることもない)。
 これまでずっとそうやって「ひどい目」に遭ってきたので、それを回避することよりも同じ種類の苦しみと失望を繰り返し経験することの方が気分がよいのでしょう。「知らぬ仏より知っている鬼の方がましじゃけの」という台詞が『仁義なき戦い 代理戦争』にありますけれど、この言葉が日本の有権者の内心を言い当てているような気がします。見たこともない社会について希望を抱くよりも、見慣れたろくでもない社会にいた方が安心できる。
 問題は高市ではありません(ろくでもない政治家なんて掃いて捨てるほどいます)。問題は高市を支持してしまう人たちが「希望ないこと」に安住しているということの方だと思います。

質問(3):実際に国民投票となった場合、マスメディア(=電通)は圧倒的な物量作戦を仕掛けてくることが予想されます。我々市民は徒手空拳で戦わねばなりません。この運動を少しでも効率良く広げるために必要なポイントは何か(または、こういうやり方はマイナスなので避けるべき、などでも)、お考えがありましたらご教示ください(漠然とした質問で恐縮です)。

 実際に改憲の国民投票になったら、自民党はあらゆる媒体を使って「改憲」キャンペーンを打ってくるでしょう。そして、朝から晩まで、新聞もテレビもネットも「改憲改憲」と言い立てたら、日本の有権者はころりと騙されてしまうと思います。国民投票までもってゆかれたら、「護憲勢力」がいくらがんばっても改憲を防ぐことはできません。
 防ぐ手立てがあるとしたら「外圧」だけです。
 中国と韓国とアジアの隣邦は日本の「先軍政治化」に強い不安と懸念を抱き、それを表明するでしょう。でも、それ以上は「内政干渉」になるから自粛するしかない。
 アメリカは自分たちが日本に与えた憲法の理念を全否定されるわけですから、不愉快でしょうけれども、トランプ大統領自身がアメリカの独立宣言の理念も合衆国憲法の理念も現に踏みにじっているわけですから、日本の「変節」に対して倫理的な批判をする資格がない。
 唯一の頼りになるのは、天皇陛下が「私自身は憲法99条の規定に従い憲法を尊重し、擁護してきましたし、それが間違っていたとは思いません」と護憲宣言することだと思います。天皇陛下がそのような「おことば」を口にされたら、心を動かされる国民は少なくないと思いますが、内閣はこのようなメッセージの発信を天皇の国事行為の範囲を超えるものとして禁止するでしょう。
 というわけで八方ふさがりです。
 とはいえ、世の中、何が起きるかわかりませんから。あまり悲観的になるのは止めましょう。
 改憲発議より先に円安でインフレが止まらないとか、レアアースの禁輸で自動車産業が操業停止するとか、水膨れした自民党国会議員が次々と不祥事を起こすとか、あるいはアメリカで内戦が起きるとか・・・そういう別の事件が続いて「改憲どころじゃない」ということになるかも知れません。
 希望のない話ですみません。でも、これくらい絶望しないと、話は始まりません。