というタイトルでの寄稿依頼を受けたので、次のような文章を書いた。
なかなか刺激的なタイトルである。「資本主義末期」というのが挑発的である。「末期」ということは「もうすぐ終わる」ということである。さて、いつ、どんな仕方で終わるのだろう。
マルクスは資本家たちの脳裏にはつねに「洪水よ我が後に来たれ」(Après moi, le déluge)という言葉があるという卓見を述べている。どれほど能天気な資本家たちも「こんなことがいつまでも続くはずがない」とは内心では思っているのだ。いずれこのシステムは瓦解する。でも、それは「できたら私が死んだ後にお願いしたい」。死んだあとなら、「後は野となれ山となれ」ということである。だから、こう言ってよければ、資本主義というのは19世紀の中頃からずっと「いつでも末期」だったのである。
でも、「大洪水」を先送りし続けながら150年が経過した。ということは、今も私たちは資本主義末期を生きているということである。これまでの経過から帰納的に推論すると、おそらくまだしばらく資本主義は終わらない。もうしばらくわれわれは「資本主義末期」の世界を生き続けることになる。
でも、「もう資本主義にはうんざりだ」と思う人たちが出て来る。出て来て当然である。いくらなんでも「末期」が長すぎる。断末魔の苦しみが長く続けば「いっそ、楽にしてくれ」と言うことになる。
エドガー=アラン・ポウに『ヴァルドマール氏の病症の真相』という短編小説がある。「死ぬ間際の人に催眠術にかけたらどうなる?」という疑問を抱いた催眠術師の実験にヴァルドマール氏が応じる。催眠術はうまくかかり、ヴァルドマール氏は「死んでいるのに死んでいない」という状態になる。数か月その状態を続けたが、あまりの苦しさに「死なせて欲しい」とヴァルドマール氏が懇願する。催眠術を解くと、身体はたちまち崩壊し、腐臭を発する液状の汚物となった...という話である。
資本主義は「死んでいるのに死んでいない」というヴァルドマール氏状態のうちにある。では、資本主義の延命を可能にしている「催眠術」とは何だろうか?
それは民主主義である、というのが21世紀になってからシリコンバレーで発祥(発症)して、世界に広がっている「加速主義(accelerationism)」の主張である。
資本主義の延命を可能にしているのは民主主義である。加速主義の代表的な思想家であるピーター・ティールは「私はもはや自由と民主主義が両立すると信じていない」と言明して、民主主義の廃絶を要求している。
民主主義があるせいで資本主義は死なない。だったら、死なせてやろうではないか。資本主義を死なせるのに必要なのは非民主主義である。独裁制でもいいし、君主制でもいい。帝政でも貴族政でも寡頭制でも、何でもいい。とにかく、民主主義はダメ。
というのも、社会福祉制度や労働分配率の向上や性差別・人種差別の撤廃といった「政治的に正しい主張」のせいで、資本主義は延命しているからである。そういう「人間的な気遣い」のせいで、とっくに死んでいてよい資本主義がいまだに延命している。
これは確かに一つの見識だと思う。『資本論』を読むと、1860年代の英国の労働者たちの就労環境がリアルに描写されている。多くの方は『資本論』の冒頭近くの「使用価値と交換価値」「労働価値説」のあたりでうんざりして読むのを止めてしまったと思うけれど、もう少し忍耐力を発揮して、第8章「労働日」まで読み進んだら、そこに列挙してある英国の労働環境の非人間性に息を呑んだと思う。一例を挙げる。
「1863年6月初旬、デューズブリ(ヨークシャー)の治安判事のもとに告発状が届いた。それによるとバトリー近郊の八大工場の経営者が工場法に違反したという。これらの紳士たちの一部が告訴されたのは、彼らが12歳から15歳までの五人の少年を金曜日の朝6時から翌日土曜日の午後4時まで、食事時間および深夜1時間の睡眠時間以外にはまったく休憩を与えずに働きつづけさせたからだという。しかも少年たちは『くず穴』と呼ばれる洞窟のような場所で休憩なしに30時間労働をこなさねばならない。そこでは毛くずの除去作業がおこなわれるが、空中には埃や毛くずが充満し、成人の労働者でさえ肺を守るためにたえず口にハンカチを結びつけておかねばならない。」
これはある工場視察官の報告書からの抜き書きである。「34時間につき睡眠時間が1時間という労働をしている12歳の子ども」の身に想像的になってみると、それがどれほど非人間的なものであるか想像できると思う。さらに残酷なのはマッチ製造。
「マッチ製造業は、その不衛生と不快さのためにきわめて評判が悪く、飢餓に瀕した寡婦等、労働者階級でもっとも零落した層しかわが子を送り込まないようなところだった。送られてくるのは『ぼろをまとい飢え死にしかけた、まったく放擲され教育を受けていない子供たち』である。ホワイト委員が聞き取りをおこなった証人のうち270人が18歳未満、40人が10歳未満、そのうちの10人はわずか8歳、5人はわずか6歳だった。労働日は12時間から14,5時間にわたり、夜勤、不規則な食事、しかもほとんどがリン毒に汚染された作業場内での食事である。」
マッチ製造の原料の黄リンは強い毒性を持つ化学物質で、製造中に黄リンを吸い込むと「リン中毒壊疽」になって下あごが壊死する。どういう病態か知りたければネットで調べれば当時の患者たちの写真が見られる。
子どもたちはそうやってどんどん死んでいった。
「マンチェスターの保健衛生官、ドクター・リーが確認したところによれば、この都市の有産階級の平均は38歳であるが、労働者階級の平均寿命はわずか17歳である。リヴァプールでは前者が35歳、後者が15歳である。」
マルクスが資本主義はただちに実力を以て廃絶すべき経済システムであると論じたのは、このような現実を踏まえてのことである。しかし、英国の紳士たちは資本主義を廃絶することをせず、代わりに「工場法」を制定し、労働時間の上限を設け、児童労働を抑制することで、資本主義を延命させる道を選んだ。資本主義を少しだけ人間的なものに偽装することによって資本主義を延命させようとして、それに成功したのである。
もしこの時に英国の資本家たちが「工場法」や労働時間規制を鼻で笑い、自分たちの欲望のままに非人間的な労働環境の中で労働者を喰い尽くす道を選んでいたらどうなっていただろう。革命が起きていたかも知れないし、英国社会自体が道義的な退化によって自壊していたかも知れない。分からない。起こらなかったことについては、なぜそれが起こらなかったのかは分からない。とにかく資本主義は「人間の顔」をまとうことによってさらに150年生き延びることになった。
だから、加速主義者たちの言うように、「社会福祉とか健康保険とか人権擁護とか、そういうよけいなことをするから資本主義がいつまでも生き延びるんだ。そういうものを全部とっぱずして、資本主義の醜悪さを剥き出しにして、一気に息の根を止めよう」というアイディアもそれなりに筋は通っているのである。でも、個人的には、こんなことを言い募っているシリコンバレーのビリオネイアたちには「おお、そりゃ元気なこった。そんなら兄ちゃん、いっぺんマンチェスターのマッチ工場で1年ほど働いてみっか」と言ってやりたい気もする。
加速主義者たちは資本主義から偽善的な要素をすべてとっぱらって、資本主義を暴走させて、その死期を早め、一気に「ポスト民主主義」のフェーズに抜け出すことを提案している。「大洪水」をなんとか食い止めて来た堤防だの水門だのを全部壊して、すべてを洗い流したら、さぞやすっきりするだろうという考え方にはたしかに心惹かれるものがある。まして映画を倍速で観る若い人たちが「できたらオレの眼の黒いうちに民主主義が終わるの見たい」と思っても不思議はない。
問題は「ポスト民主主義」の世界がどのような様態のものであるかについて、解像度の高いヴィジョンを提示できている人がどこにも(加速主義者たちの中にも)いないということである。「民主主義にたいするオルタナティブは本当に存在しないのだろうか」と自問したニック・ランドはその『暗黒の啓蒙書』という挑発的な書物の中で次のように書いている。
ポスト民主主義の時代でも「国家はいまあるままに留まりつづける」。それは「手放すにはあまり惜しい」ものだからだ。ポスト民主主義の社会でも、主権が集中している場所は要る。ただ、そこから民主主義は完全に除去されなければならない。
カーティス・ヤーヴィンはこれを「新官房学(Neo-cameralism)」と呼ぶ。国家の運営は「一つの国を所有するというビジネス(Gov-Corp)」である。国家の所有権は株式として分割・売買される。株主が国家を実質的に所有し、住民は「顧客」であり、国家は彼らのために効率的で高品質なサービス(治安維持、社会的インフラ、教育、医療など)を提供する。顧客満足度が低ければ、国民たちは他国へ「移住」する。国民は(株を持っていないので)国政を議す権利がないが、代わりに「出てゆく自由」はある。(No Voice, Free Exit)。
新官房学的な国家は、民主主義に対してたしかにいくつかのアドバンテージを持っている。
民主主義は容易に単なる多数決政治に堕す。ベンジャミン・フランクリンの卓抜な比喩を借りれば、民主主義的な政策決定とは「二匹の狼と一匹の羊が、昼食に何を食べるかについて投票する」ようなものである。だから、しばしば「51%の者たちによって残り49%の権利が奪い去られる」(トマス・ジェファーソン)。
でも、別に「羊」や「49%」に同情する必要はない。そんな国民たちも国家を滅亡させるような政策に嬉々として同意することがあるからだ。「ある」どころの騒ぎではなく、そちらの方がむしろ常態である。仮にまともな方向に舵取りがなされていても、民主主義的な政策実行はきわめて非効率であるし、責任の所在が明らかでないし、政策の数値的な達成目標が示されないのでその政策が成功したのか失敗したのかさえ分らない。何より、口では「民主主義」と言いながら、実際には自分を多数派に見せることに成功した集団が「寡頭支配(oligarchy)」を行っている(この支配集団のことをヤーヴィンは「大聖堂(cathedral)」と呼ぶ)。
話の運びはいささか過激だけれど、J・S・ミルの『自由論』の理路とそれほど違うことを言っているわけではない。ミルはこう書いている。
「人民の意志というのは、じっさいには人民のもっとも多数の部分の意志、あるいは、もっともアクティブな部分の意志を意味する。多数派とは、自分たちを多数派として認めさせることに成功したひとびとである。それ故に、人民は人民の一部を抑圧したいと欲するかもしれないので、それに対する警戒が、ほかのあらゆる権力乱用への警戒と同様に、やはり必要なのである。」(強調はミル)
ミルが加速主義者と違うのは、力を持つ民衆への警戒が必要であるとは書いたが、それを「大聖堂」とか「闇の政府」とかいうように、民衆から分離して、民衆を支配する組織として実体化することを自制した点にある。問題はあくまで「民衆による民衆の自由の制御」、「民衆による民衆の権力行使の抑制」なのである。そして、ミルは、これは容易に解決することのない難問であるとしてアンダーラインを引くにとどめて、解決策を示さなかった。「オレの眼の黒いうちに最終的解決を」と前のめりになる加速主義者とはそのあたりのタイムスパンの広がりが違う。
気の短い加速主義者たちが、さしあたり新官房学の実践例として挙げるのは、シンガポール、ドバイ、サウジアラビアなどである(たぶん北朝鮮やロシアも入ると思う)。彼らの眼には、それが「株式会社に一番近い国家」に見えるからだ。
加速主義の紹介につい紙数を費やしてしまったが、「資本主義末期の国民国家」について今提示されている最もパワフルなヴィジョンが加速主義者のそれである以上、言及を避けるわけにはゆかなかったのである。
さて、紙数も残り少ないが、これに対抗し得るような国家モデルを私たちは提示し得るだろうか。率直に言って難しいと思う。現に日本のビジネスマンの中には「国家の理想はシンガポール」と言ってはばからない人がいくらもいる。
シンガポールはご存じの通り、リー一家が大株主であるところの「企業国家(Gov-Corp)」である。人民行動党による一党支配が70年続いており、反政府メディアは存在せず、反政府的な労働組合も学生運動も市民運動も存在しない。令状なしの逮捕長期拘禁が可能である。「明るい北朝鮮」とよく言われる。なぜ日本をそんなものにしたいのか、気持ちが私にはわからない。たぶん自分はつねに「弾圧する側」「拘禁する側」にいると信じているのだろう。
でも、日本をシンガポールのような独裁制に模様替えすることはできないと私は思う。天皇制があるからである。
平成、令和と二代「明君」が続いた。彼らが国際社会に向けて、日本国の道義性と文化的なクオリティを担保していることに異論のある人はいないだろう。そして、天皇は独裁者になる気がない。日本を独裁制にするためには、21世紀の「昭和維新」を企て、天皇を宮城の奥に閉じ込めて外部との連絡を断ち、「帷幄上奏権」を独占する軍人たちが「天皇の代弁者」として君臨するという胡散臭いシステムを採用するしかない。だが、あまりに既視感の強いこの独裁制モデルを「民主主義のオルタナティブ」として差し出しても拍手はまばらだろう。天皇を廃位して、独裁者が「新皇」の称号を名乗るという「平将門モデル」はさらに人気がないと思う。
そう考えると、日本では「民主主義のオルタナティブ」を構想することを天皇制の存在が阻んでいるということが分かる。日本の民主主義を守護しているのは天皇制なのである。
事実、戦後80年間、日本国憲法の下で、太古的起源を持つ天皇制と近代的な立憲デモクラシーは葛藤しつつも共存してきた。2016年の「おことば」は、天皇の「象徴的行為」とは何かについての踏み込んだ憲法解釈を天皇陛下ご自身がなされたという点で画期的なものだったと思う。
その「おことば」の中で陛下は「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」という憲法第一条が具体的には何を意味するかについて、新しい解釈を下した。それは「かつての戦地に赴き、そこで死んだ人々の霊を鎮め、災害で苦しんでいる被災民のかたわらに膝をついて慰藉する」ことである。鎮魂と慰藉、それが「象徴的行為」であるというのが新しい憲法第一条解釈であった。
これを天皇が国事行為について自分で解釈を下すなど違憲であるといきりたつ人がいたが、私はそうは思わない。憲法第一条における「象徴」の意味を思量する仕事を国民が怠っていたので、天皇陛下が自分でその仕事を引き受けたのである。これは天皇陛下が国民に向けて投げた「ボール」である。これに国民は答える権利があり、義務がある。私はそう思っている。「おことば」発出の直後に「私は天皇陛下の解釈を支持します」というステートメントを私は出した。別にそれを天皇陛下が読むと思って書いたわけではない。この問題提起に返事をするのは国民の権利であり義務だと思ったからそうしたのである。
こういう「やりとり」が存立し得るというところに、日本において民主主義が生き延びるための一筋の道が通っている。私はそんなふうに考えている。
話が長くなったので、そろそろまとめに入る。主題は「資本主義末期における国民国家のかたち」である。私の答えは、これに一般解はないということである。「国民国家」というのはウェストファリア条約以後の政治概念であって、人種、宗教、言語などにおいて同質性の高い「国民(Nation)」が「国家(State)」を形成していると、いろいろ便利(特に戦争に強い)というだけの話である。国民国家というのは、昔からあったものではないし、いつまでもあるものでもない(日本だって国民国家になったのは明治維新の時である)。国民国家は暫定的な政治制度である。でも、今のところ私たちの手元にはこれしか使えるものがない。ならば、瑕疵のあるところを補正し、欠落を埋め、圭角を削ぐというby piece-mealな手直しを繰り返して使い延ばすしかない。
さしあたりの急務は、外国ルーツの住民が全人口の3%を占め、このまま増え続ける中で、どうやってNationという概念を上書きしてゆくかという問いである。「日本は単一民族」というような妄想に取り憑かれたまま、昔ながらのNation概念で突っ張ってゆけば、外国ツールの人たちはみな「非日本人」だということになる。現に日常生活のさまざまな場面で遭遇し、協働している人々を「よそもの」として遠ざけ、その権利を制限する排外主義に私は人道的に反対である。それよりは、理解も共感も絶した他者と共生し、協働して「よきもの」を創り出すことができるだけの市民的成熟を日本人がめざすことの方を私は選びたい。その努力を通じてNationの概念はむしろ厚みと広がりを増すだろう。
紙数も尽きたので、ここで筆を擱く。まとまりのない話で申し訳ない。(Greenz, 2月26日)
(2026-02-27 07:03)