中国メディアに寄稿することのリスクとベネフィット

2025-12-24 mercredi

 『環球時報』という中国共産党の機関紙がある。『人民日報』の姉妹紙で、発行部数は200~300万部。英語版も出ている。そこから寄稿を求められた。私が高市早苗首相の「台湾有事」発言とそれをめぐる日中の緊張についてSNSに投稿した文章を読んでの依頼である。
 私は高市首相の国会答弁での「存立危機事態」発言は軽率だったと思っている。内輪のパーティで支持者の聴衆を煽るためには効果的だろうけれど、外交の最高責任者が国会で口にしてよい言葉ではない。ただちに発言を撤回し、この発言で無用の損害をこうむった人々に謝罪し、責任をとって総理大臣を辞職するのがことの筋目だと思ったので、そう書いた。
 同じことは他にも多くの人が書いていた。私が他の人と少し違ったのは「中国の対応はロジカルだ」と書いたことである。言葉から始まり、低レベルの経済制裁からじわじわとレベルを引き上げ、それでも成果が上がらない場合は軍事的恫喝という順序で中国は圧力をエスカレートしてくるだろう。軍事的恫喝にまで事態が紛糾したら、ことの理非にかかわらず、友好関係の回復は長期にわたって不可能になる。だから、そうなる前に問題を解決しなければならない。
 中国の「カードの切り方」はロジカルである。別に「反日感情」に駆動されているわけではない。感情的になっているならこんな手間暇はかけない。相手がせっかくロジカルに対応しているのだから、日本政府もロジカルに対応すれば話は片付く。そう書いた。
 私の著作は中国語の翻訳がいくつか出版されている。『若者よマルクスを読もう』は経済学者の石川康宏先生と一緒に日本の中高生向けに書いたマルクスの主著(『共産党宣言』から『資本論』まで)の解説書である。この本は中国共産党の幹部党員指定図書に選ばれた。中国共産党の党員数は1億人を超す。マルクスの「マ」の字から説き聞かせないと「マルクス主義って何だかよくわからない」という党員もきっといるのだろう。そういう人のためには確かに適切な選書だったと思う。
 『日本辺境論』には華夷秩序コスモロジーを理解しないと中国外交の意味はわからないだろうと書いた。その本が中国でたくさんの読者を得たのは「その通りだ」と思った中国人がそれだけいたからだろう
 『環球時報』からの寄稿依頼を受けて、少し考えた。どのような行動にもベネフィットとリスクがあるが、今回の寄稿依頼についてはリスクよりもベネフィットの方が多いと判断した。ベネフィットは「中国外交のロジックを理解している日本人がいる」という事実が報道されれば、中国国内の反日感情がいくぶんか抑止されること。リスクは私の寄稿が中国共産党の「ウェポン」として政治利用されること、日本のネトウヨたちから「中国のスパイ」と罵倒されること(これは確実)である。
 私の記事が日中の緊張緩和に資することがあれば、それで利益を得るのは日中の国民たちである。私が利用されたり罵倒されたりした場合、それで損失を蒙るのはさしあたり私一人である。ベネフィットを享受するのが集団で、リスクを負うのが個人であるなら、判断に迷うことはない。
 私が今のような政治的立場を採るに至った理由を補足的に書き加えたので、かなり長い文になった。紙面に掲載する時には、私の真意が伝わるなら適宜短くして構いませんと伝えた。寄稿の全文はその日のうちに自分のブログに上げた。
 その寄稿が数日前に掲載されたらしい。「Yahooニュースのトップに先生の名前が出てましたよ」と門人が教えてくれた。「大炎上中です」ということだった。やっぱり。
(山形新聞「直言」12月5日)