学問は誰のものか:評価のための論文から、贈与としての言葉へ

2025-08-28 jeudi

朴東燮先生が先日韓国のメディアからインタビューを受けた。その時に「韓国の学界では内田樹思想に関する論文はどのくらい出ているのでしょうか?」と訊かれて、朴先生は「ゼロです。いや、正確に言えば、かつて私は必死に論文を投稿したのですが......一本たりとも掲載されませんでした!」と答えたそうである。そうだろうと思う。別にいいけど。
そのインタビューに触発されて朴先生は韓国の「正統的な」学術に対する疑問について次のような文章を草されたそうである。韓国の大学の事情が知れる貴重な情報なので、ここに採録。

奇妙な人気作家、内田樹
 研究者は誰に向かって話しているのか、と問われますと、私はまず耳のかたちを思い浮かべます。耳は目よりも謙虚です。遠くを見渡すことはできませんが、遠くから届いたものを、静かに受け取ることができます。韓国の大学で今日、論文という名の小さな船を出すとき、港で私たちを待っているのはしばしば一人の査定者という巨大なクレーンで、そのクレーンは「インパクトファクター」と書かれた計量器をぶら下げています。彼がうなずけば荷は下ろされ、得点は加算され、キャリアという岸壁が延びます。うなずかなければ、船は沖へ戻され、はるか外洋でまた漂流します。けれど、港の外には波間に漂う小舟が無数にあり、灯りの消えかけた町には、暖房の効いた部屋で本を開く誰かの耳が、たしかに、静かにこちらを向いています。私たちはどちらに向けて話すべきでしょうか。
 私が大学で教鞭を執っていた頃、研究が思うように進まず停滞に陥っていた時期に、偶然ある思想家の著作に出会いました。その名は内田樹。
 当時はやがて韓国でも彼の哲学的エッセイや対談集を手に取る読者がおもむろに増え、彼の本を読んだ多くの人々が、その明晰な分析と温かなユーモアに魅了されていったのです。カフェで本を読んでいる学生の手には『先生はえらい』が、通勤中の会社員のカバンからは『寝ながら学べる構造主義』がのぞいている、そんな光景も珍しくありませんでした。
 ところが、いざ内田樹をテーマに韓国の学術誌へ論文を投稿すると、そのたびに「不採択」の烙印を押されました。
 査読者のコメントを開いてみると──
「こんな人物の思想がどうして論文になるのか、まったく理解に苦しむ」
「これは思想というより、せいぜい面白い随筆であって、学術とは呼べませんね」
「発想はユニークだが、研究対象というより"人気エッセイスト"と呼ぶのがふさわしい」
「日常の与太話を"論文"という神聖な枠に押し込むのは問題だ」
......といった具合で、誰ひとりまともに取り合ってはくれませんでした。
 正直に言えば、私の原稿よりも査読者たちの赤ペンの方が、よほど生き生きと躍動していたように思います。
 その時、私は素朴な疑問を抱きました。これほど多くの人々が読み、考え、議論のきっかけとなっている思想家が、なぜ学術の世界では「正当な」研究対象と見なされにくいのでしょうか。まるで、大衆食堂で毎日行列ができる絶品のキムチチゲがあるのに、一流レストランのメニューには載せられない、と言われているような奇妙な感覚でした。食堂の主人は、ミシュランの星を気にして料理をしているわけではありません。ただ、お腹を空かせた人々のために、熱々で美味しい一食を提供したいという思いがあるだけです。内田樹の文章も、まさにそのような「街場の思想」としての温かみと力強さを持っていました。
 この経験をきっかけに、私は韓国の学術界が抱えるある種の「ねじれ」について深く考えるようになりました。内田樹自身が鋭くしているように「評価されるための学問」という病は、海を越え、ここ韓国でさらに深刻で、独特な症状を呈しているのではないでしょうか。ここでは、内田樹の思想を手がかりに、韓国の学術界が直面する三つの問題――英語論文至上主義、自己利益のための研究、そして翻訳の軽視――を考察し、それでもなお、私たちが母語で、査定のためではなく、誰かに届けるために学問を続けることの意味と意義について、ささやかながらも真剣な考察を試みたいと思います。これは、一流レストランのシェフではなく、街場の食堂の主人に憧れる、一人の独立研究者の独白でもあります。
 汝、英語にて論文を捧げよ――ソウルからボストンへの知的巡礼
 韓国の大学院生、特に博士課程の学生や若手研究者の間では、夜な夜な繰り返される儀式があります。それは、自分の研究成果を神々、すなわち「SCI級(人文社会系はSSCI級)国際学術誌」の編集者と査読者という名の神官たちに捧げるための儀式です。この儀式で使われる唯一の公用語は英語。たとえテーマが朝鮮時代のハングルの音韻変化に関するものであっても、済州島の巫俗信仰に関するものであっても、その研究の価値を証明するためには、英語という祭服をまとわなければなりません。
 これは単なる流行や推奨事項ではありません。韓国の多くの大学、特に「一流」と呼ばれる大学では、教員の採用や昇進の条件として、「韓国語で書かれた論文は業績として認めない」という規則が公然と、あるいは暗黙のうちに存在します。国内の権威ある学会誌に論文を掲載しても、それはせいぜい「地域リーグ」での勝利にすぎません。本当に評価されるためには、遠くアメリカやヨーロッパの「メジャーリーグ」でヒットを打たなければならないのです。
 この状況は、滑稽でさえあります。想像してみてください。韓国最高のサッカー選手が、Kリーグの試合でどれだけ素晴らしいゴールを決めても代表には選ばれず、イングランドのプレミアリーグの練習試合に数分出ただけで代表に選ばれるようなものです。あるいは、最高のパンソリの名人が、国立劇場での公演は評価されず、ブロードウェイのオーディションで英語の歌を歌わなければ実力を認めてもらえない、という状況に似ています。
 なぜ、このような奇妙なことが起こるのでしょうか。内田樹が指摘する「査定」というキーワードが、その謎を解く鍵となります。客観的で、精度の高い査定を下すためには、誰もが納得するグローバルな基準が必要です。そして、その基準として最も手っ取り早いのが、「英語で書かれた国際的に権威のある学術誌」というわけです。それは、研究内容の質を問う前に、「英語で論文を書き、国際的な査読を通過する」という非常に高いハードルを越えたこと自体を評価するシステムです。
 しかし、その結果として何が起きているでしょうか。韓国の研究者たちは、自分たちの共同体、つまり韓国社会や韓国の読者に向かって語りかけることをやめてしまいました。彼らの語りかける相手は、ニューヨークやロンドンにいる匿名の査読者です。研究のテーマでさえ、韓国の固有の問題を深く掘り下げることよりも、国際的な学術界で流行しているテーマに合わせる傾向が強まります。それはまるで、故郷の家族のために栄養満点のテンジャンチゲを作るのではなく、遠い国の料理評論家が好みそうな、見た目は美しいが味気ないフュージョン料理ばかりを作っているようなものです。
 この「知的巡礼」の果てに、私たちは何を得て、何を失ったのでしょうか。確かに、一部の研究者は国際的な名声を得て、韓国の学問のレベルが上がったかのように見えるかもしれません。しかし、その陰で、韓国語という知の器は少しずつ痩せ細り、私たちの社会が直面する問題を、私たちの言葉で深く考え、共に解決していくための知的体力が失われつつあるのではないでしょうか。研究者たちは、韓国社会という「ホーム」でプレーすることを忘れ、常に「アウェー」での評価ばかりを気にする孤独な傭兵になってしまったのです。

学問という名の「ポイント稼ぎゲーム」
 内田樹は、評価を求める学問を「受験勉強のモデル」と喝破しました。これは、現在の韓国の学術界をあまりにも的確に描写しています。かつて学問とは、真理を探究する道であり、知の地平を切り拓く冒険でした。しかし、今や多くの研究者にとって、学問とは教授の職を得て、それを維持し、研究費を獲得するための「ポイント稼ぎゲーム」と化してしまいました。
 このゲームのルールは単純明快です。よりインパクトファクターの高い学術誌に論文を載せれば高得点。科研費のような大型の研究プロジェクトを獲得すればボーナスポイント。学会での発表や役職もポイントになります。研究者たちは、まるでアーケードゲームのハイスコアを競うかのように、このポイントを積み上げることに日夜奮闘しています。
 このゲームに熱中するあまり、研究者たちは最も大切な問いを忘れがちです。「この研究は、誰のために、何のためにするのか」。論文を書く目的は、それが知的共同体を豊かにするためでも、学問の世界にいない人々に知の恵みをもたらすためでもありません。その論文が、自分の経歴書(CV)のリストを一行増やし、次の審査で有利に働くかどうかが全てです。論文とは、もはや知的な探求の記録ではなく、評価システムという巨大な自動販売機に投入するための「コイン」なのです。
 このシステムがもたらす弊害は深刻です。内田が言うように、「競争相手が愚鈍であるほど自己利益が増大する」という受験勉強の論理が、学問の世界にも侵食してきます。学会の質疑応答が、建設的な議論の場ではなく、相手の弱点を探し出し、いかに打ち負かすかという「知的レスリング」の場と化すことがしばしばあります。他人の研究の欠点をあげつらうことには熱心でも、その研究が持つ可能性を認め、発展させようとする態度は稀です。なぜなら、同じ分野の研究者は、共に頂を目指す登山仲間ではなく、限られたポストを奪い合うライバルだからです。
 この状況を、私は「学術的ゾンビ」と呼びたいと思います。彼らは外見上、研究活動をしています。論文を書き、学会で発表し、学生を指導します。しかし、その内面では、知的な好奇心や探求心という「魂」が死んでしまっている。ただ、システムが要求する行動を、生存本能に従って繰り返しているだけなのです。彼らにとって、研究とは愛する対象ではなく、生き残るための手段に過ぎません。
 このような環境で、どうして革新的な研究や、分野の垣根を越えるような大胆な発想が生まれるでしょうか。誰もが「道がある道」、つまり評価されやすい安全な道を選びたがります。先行研究が山ほどあり、評価基準が確立されている狭い領域に、多くの研究者がひしめき合っている。それは、未開のジャングルに分け入る探検家ではなく、整備された登山道で、誰が一番速く、誰が一番重い荷物を持って登れるかを競い合っているようなものです。その競争の勝者には、教授という名のトロフィーが与えられるかもしれませんが、彼らが切り拓いた新しい道はどこにも存在しないのです。

翻訳されない知の宝庫、あるいは橋を架けることを忘れた村
 内田樹は、翻訳という行為がいかに研究業績として低く評価されるかを嘆いています。これもまた、韓国の学術界で全く同じように、いや、それ以上に深刻な問題として存在します。多くの大学で、一冊の専門書を翻訳することは、業績評価の点数にほとんど、あるいは全く反映されません。十年かけて難解な古典を翻訳するよりも、三ヶ月で書いた短い英語論文の方が、遥かに高く評価されるのが現実です。
 なぜでしょうか。これもまた、「査定」と「贈与」という対立軸で説明できます。論文は、内田の言う「答案」です。それは採点され、優劣をつけることができます。しかし、翻訳は本質的に「贈与」です。それは、外国語が読めない人々のために、知の世界への「橋」を架けるという奉仕的な行為です。そこには競争の論理は馴染みません。誰が一番速く、うまく橋を架けるかを競うものではないからです。それは、ただただ、向こう岸に渡りたいと願う人々のために、時間と労力を捧げる献身的な営みなのです。
 その結果、韓国の学術界は、まるで豊かで広大な川のほとりに住みながら、誰も橋を架けようとしない村のようになってしまいました。川の向こう岸には、世界中の知の宝物が山のように積まれています。しかし、村人たち(一般の読者)は、それを眺めることしかできません。村の工学者たち(研究者)は、橋を架ける技術(語学力と専門知識)を持っているにもかかわらず、橋を架けても村長(大学当局)から褒美がもらえないので、誰もその仕事に手をつけようとしないのです。それどころか、彼らは川からスプーンで一滴の水をすくい、その水の成分について外国語でレポートを書き、遠い国の審査員に送って褒めてもらうことに熱中しています。村人たちが喉の渇きに苦しんでいるというのに。
 しかし、この『知の橋』には、もう一つ、架けなければならない種類のものがあります。それは、外国語という大きな川を渡る橋とは別に、私たち自身の岸辺に築かれた障害を乗り越えるための橋です。
 それは、専門家たちが自らの専門領域の周りに築き上げた、難解な専門用語と複雑な概念でできた、高く険しい「城壁」です。その城の中では、どんなに豊かで美味しい知の饗宴が繰り広げられていても、城壁の外にいる普通の人々には、その香りさえ届きません。研究者たちは城の中で、自分たちだけにしか通じない言葉で乾杯を繰り返し、その知の成果は、堅く閉ざされた門の中で化石化していきます。
 ここでの「橋を架ける」仕事とは、その城壁に、誰もが楽に登れるような緩やかなスロープを設置したり、親しみやすい言葉で書かれた大きな門を取り付けたりする仕事に他なりません。いわば、学術という名の高級フレンチレストランのシェフが、厨房から出てきて屋台を開き、自慢のソースを使った絶品のトッポッキを、ワンコインで人々に振る舞うようなものです。複雑な調理法(研究プロセス)は見せずとも、そのエッセンス(知見)は、誰もが味わえるかたちで差し出されなければなりません。
 外国語の川を渡る橋と、専門用語の城壁を越える橋。この二つの橋を架けることこそ、学問の成果を一部の専門家の独占物ではなく、社会全体の共有財産にするための、不可欠な「贈与」なのです。
 そして、特殊な技能や知識を持つということは、それを他者と競い合うための武器として使うことだけが目的ではありません。むしろ、それを持たない人々のために使うことこそが、その技能の本来の価値ではないでしょうか。内田が言うように、腕力が強い人は非力な人の荷物を持ち、目が良い人は遠くの嵐を知らせる。同様に、外国語が読め、専門知識を持つ学者は、その能力を、知の橋を架けるために使うべきではないでしょうか。翻訳も、そして難解な知を噛み砕いて解説する啓蒙も、研究業績のリストを一行埋めるための作業ではなく、知を分かち合い、共同体を豊かにするための、最も高貴な学問的実践の一つなのです。

なぜ、それでも内田樹を韓国語で研究するのか
 さて、ここまで韓国の学術界が抱える憂鬱な現実について、内田樹の思想を道しるべにしながら見てきました。英語論文至上主義という名の神殿、ポイント稼ぎゲームと化した研究、そして架けられることのない知の橋。このような状況の中で、「学術的には評価されにくい内田樹を、しかも業績になりにくい韓国語で研究することに、一体何の意味があるのか」と問われれば、私は今、こう答えたいと思います。
 それは、この歪んだゲームのルールから自ら降りて、学問が本来持つべき姿、すなわち「贈与」としての学問を、ささやかながらも実践するためです。内田樹の研究は、評価システムという自動販売機に投入するためのコインにはなりません。しかし、それは、知的な刺激に飢えているかもしれない、どこかの誰かに手渡すための、温かい缶コーヒーにはなり得ます。
 そして、この贈与、すなわち翻訳という行為には、もう一つ、非常に大切な意味が隠されています。外国語を学ぶということは、自分の心という家に、一人、風変わりな下宿人を迎えるようなものです。この下宿人は、私たちが当たり前だと思っていた家のルール、例えば「テンジャンチゲにはニンニクをたっぷり入れるべきだ」とか「目上の人にはまずお辞儀をすべきだ」といったことに、いちいち「なぜ?」と素朴な疑問を投げかけてきます。
 最初は少し面倒に感じるかもしれません。しかし、この下宿人は、故郷から持ってきた不思議なスパイスで料理を作り始め、見たこともない楽器を奏で、夜空の星の並びについて、私たちが聞いたこともない神話を語り始めます。するとどうでしょう。最初は奇妙に思えたそのスパイスの香りが、いつの間にか我が家のテンジャンチゲに驚くべき深みを加え、風変わりなメロディーが、私たちの単調だった鼻歌に新しいリズムを与えてくれるのです。
 私たちの母語という家は、この風変わりな同居人のおかげで、壁が一つ取り払われ、今までなかった窓が取り付けられ、思いもよらなかった景色が見える新しい部屋が増築されるのです。既存の韓国語だけでは届かなかった思考の場所に、新しい道が拓ける瞬間です。
 内田樹の思想を翻訳し、紹介するという作業は、まさにこの風変わりで、しかし最高に知的な下宿人を、私の家だけでなく、韓国社会という大きな村の家々へ「おすそ分け」するようなものです。「うちに来た下宿人、すごく面白い人なんだけど、あなたも一度話してみない?」と声をかける行為に似ています。一人でも多くの人がこの下宿人と出会い、その対話を通じて、自分たちの家の間取りや家具の配置を、ほんの少しでも新鮮な目で見直すきっかけを得ること。
 内田樹の文章が、なぜ専門家から「通俗的だ」と揶揄されながらも、多くの一般読者の心をつかむのか。それは、彼が査定者というたった一人の読者ではなく、顔の見えない無数の「誰か」に向かって、必死に語りかけているからです。彼の文章は、難解な専門用語の鎧を脱ぎ捨て、私たちの日常の言葉で、私たちが直面する問題の本質を照らし出そうとします。それは、「これが分からないやつは読むな」という傲慢な選別ではなく、「どうか、この考えがあなたに届きますように」という切実な祈りです。
 韓国語で学問をするということ。それは、私たちの喜びや悲しみ、怒りや希望が溶け込んでいるこの言葉で、私たちの社会の問題を考え、語り合うという、あまりにも当然で、しかし忘れ去られつつある責務を果たすことです。私たちの思考が、私たちの言葉を離れて、真に深まることはあり得ません。英語で論文を書くことが、遠い空に信号弾を打ち上げる行為だとすれば、韓国語で書くことは、すぐ隣にいる人の手を握り、その温もりを確かめながら語りかける行為です。
 私の書くものが、大勢の研究者に読まれ、高く評価されることはまったくないでしょう。それでいいのです。いやそれがいいのです。私のささやかな研究が、まるで暗い夜道を照らす小さな懐中電灯のように、内田樹という豊かな森を散策したいと願う誰か一人の道しるべになれば。あるいは、私が苦労して作った文章が、誰かが新しい考えに出会うための小さな橋になれば。それこそが、評価や点数では決して測ることのできない、研究者として最高の喜びであり、報酬なのです。
 学問とは、頂上に自分の旗を立て、他人を寄せ付けないようにする行為ではありません。それは、険しい山道を一歩一歩切り拓き、後から来る人々のために、道標を立て、鎖を設置するような、名もなき先人から未来の世代へと続く、果てしない贈与のリレーです。私は、そのリレーの、たとえ最も目立たない走者であったとしても、次の誰かにバトンを渡すために、今日も自分の言葉で、書き続けたいと思っています。そのバトンが、誰の手に渡るのか、私には知る由もありません。しかし、その先に広がる未知の風景を想像することこそが、私をこの道へと駆り立てる、唯一の希望なのです。