養老孟司先生と先日お話する機会があった。
まず南海トラフの話になった。南海トラフ地震には周期性があり、今から30年以内に巨大地震が起きる可能性は80%とされている。駿河湾から日向灘までのどこが大きな被害を受けることになる。だから、私たちは巨大地震が来ることを前提に生活設計をしなければならないというのが養老先生のご意見であった。その通りだと思う。その対処策の一つが「二拠点生活」へのシフトである。里山に「セカンドハウス」を確保しておくのである。そこに行けば、とりあえず雨露がしのげて、水が飲めて、食べ物が手に入る「自分の家」を山間部に持つ。
都市生活者にとって地方移住には相当の決断が要るけれども、地方に「セカンドハウス」を持つことなら経済的にも心理的にもそれほどの負担にはならないと思う。過疎化で空家が増えた集落だと不動産もずいぶん安い。私の友人が京都山中の古民家を買った時の価格は数万円だったそうである。さすがに相当の手入れをしないと居住できないほど傷んでいたけれど、それでもずいぶん安い。
もし、週末だけ、あるいは月一でも、里山にある「セカンドハウス」を訪れ、「もしものとき」のための生活拠点として整えておくことができたら、それは単なるリスクヘッジを超える意味があると私は思う。
ロシアが国際的な経済制裁を受けながら、市民生活がそれほど困窮していない理由の一つはかの地には「ダーチャ」という制度があるからだと識者に教えてもらった。
ダーチャの起源はピョートル大帝が庭園付き別荘を家臣に下賜したことに由来する。スターリンの時代に自営地を奪われた農民たちが食料自給用の土地を求め、フルシチョフの時代に法制化された。ふだんは都会に居住する人たちが週末や夏休みに利用する。ダーチャには菜園があり、家畜を飼うこともできるので、食糧の供給が途絶しても、市民たちは自給できる。
日本でも若い人たちが里山に「自分のダーチャ」を持てるようになれば、雇用条件が悪くても、心理的にはずいぶん落ち着くだろう。何よりこれは「資源の地方離散」シナリオを大きく進めることになる。
(AERA 4月23日)
(2025-05-16 16:58)