米国の没落

2025-04-29 mardi

 米国はこれからどうなるのか、あちこちで訊かれる。私は国際政治の専門家ではないので間違うことを気にしないで、思いついたことをそのまま口にする。私の予測は「米国は不可逆的な没落のプロセスに入った」というものである。
 20世紀に入ってから久しく米国が掲げて来た「道義的な民主主義国家」という建前をトランプは棄てた。理由は「道義的な民主主義国家であることのコスト」が過重になったからである。グローバル・リーダーシップを執るためにはある程度「きれいごと」を言い続け、そのためには「持ち出し」を覚悟しなければならないのだが、経済力も軍事力も衰えた米国にもうそんな「痩せ我慢」をする余力はない。「米国さえよければ、それでいい。世界がどうなろうと知ったことか」というのがトランプの政治姿勢であり、それを米国市民の過半が支持した。この事実は重い。このあとトランプに投票したことを悔いる人や、もう一度政治的正しさや多様性や公平性や寛容を説く人たちからの反撃があるはずだけれど、米国は道義的な国であるべきだと考える人たちと米国が「世界最強のならず者国家」であって何が悪いと思う人たちの間の和解はたぶん成立しない。そして、「ルールを守る人間」と「ルールを守らない人間」が戦った場合には短期的には必ず後者が勝つ。
 第一期トランプの時、カリフォルニア州での世論調査では「合衆国からの独立」を支持すると回答した人が32%にのぼった。今調査をしたらおそらく50%に近づいているだろう。テキサスでも「テキサスはテキサス人によって統治されるべきだ」とするテキサス・ナショナリスト運動が一定の影響力を行使している。
 カリフォルニアは人口4千万人、GDPは日本を超えて世界五位の「大国」である。テキサスは人口3千万人、GDP世界8位。カリフォルニア州は1846年建国のカリフォルニア共和国、テキサス州は1836年建国のテキサス共和国がのちに合衆国に加盟した政治単位である。厳密に言えば、いずれももとは「別の国」である。
 合衆国憲法には加盟についての規定はあるが(第4条第3節)、脱盟についての規定はない。「合衆国からの脱盟は可能か」をめぐっては南北戦争後の1869年に「テキサス対ホワイト」裁判というものがあり、連邦最高裁はいかなる州も合衆国から脱盟できないという判決を下した。合衆国は「共通の起源」から生まれた一種の有機体であり、「相互の共感と共通の原理」で分かちがたく結びつけられているから州の連邦からの脱盟は「革命によるか他州の同意よる」しかないと判決文には書かれていた。
 このあとトランプの圧政が続けば「道義的で民主的な米国」を護ろうとする人たちが政治的なカードとして「州の独立」を言い出す可能性は十分にある。映画『シビル・ウォー』が描いたような連邦軍と州軍の間で内戦が起きるとは思わないが、民主党が強い州が集まって「反トランプ州連合」を結成して、連邦内にとどまりつつも、トランプの暴走を抑止しようとすることはあっても不思議ではない。
 米国の「州」を「都道府県」のような行政単位だと思っている人がいるけれども、それは違う。「州」はある種の「主権国家」なのである。(中日新聞、4月27日)