トランプとフェデラリスト

2025-04-18 vendredi

 トランプ大統領の連邦政府攻撃と関税外交で米国は深い混乱のうちにある。どうして大統領自身が行政府の弱体化を目指すのか、意味がわからないという人が多い。わからないと思う。ふつう独裁をめざす政治家は行政府の権限を強大化するものだからである。でも、トランプは逆に連邦政府機関の弱体化を進めている。なぜか。トランプを建国時点での反連邦派(アンチ・フェデラリスト)の何度目かのアヴァターだと見立てると、少し理解が進むと思う。
 13州が同盟して英国からの独立戦争を戦った時、暫定的な「同盟」はあったが、連邦政府はまだなかった。独立宣言から合衆国憲法制定まで11年かかったのは、連邦政府にどれくらい権限を付与するかについて国民の間で合意が成り立たなかったからである。
「州(ステイト)」にはそれぞれ政府があり、議会があり、憲法があった。連邦政府はそれらの「ステイト」のゆるやかな連合体なのか、それとも「ステイト」の上位に位置する強力な統治機構なのか、この問いをめぐって激しい論争があった。その経緯はハミルトン、マディソンらの『フェデラリスト』に詳しい。
 論点の一つは常備軍だった。「フェデラリスト(連邦派)」はそれまでの「有事に際して市民が銃を執る」というやり方では外敵からの侵入に対して効果的に対応できないことを指摘して連邦政府指揮下の常備軍の創設を求めた。反連邦派は常備軍が連邦政府の「私兵」と化して、「ステイト」を攻撃するリスクを挙げてこれに反対した。しかし、州にしか軍事力がない場合のリスクをフェデラリストは鋭く指摘した。
「もし、一政府が攻撃された場合、他の政府はその救援に馳せ参じ、その防衛のためにみずからの血を流しみずからの金を投ずるであろうか?(...)しかもおそらく彼らはその隣邦とは嫉視反目し、隣邦の地位が低下するのをむしろよしとしているのである」。
 建国当時の米国は英国、フランス、スペイン、ネイティブ・アメリカンという「敵」に囲まれていたからこの想定はリアルなものだった。
 トランプが進めているのは、それとは逆のプロセス、すなわち連邦を解体して再び「ステイト」を基本的政治単位に戻すこと、つまり合衆国「建国以前」に戻すことのように私には見える。
 というのは、連邦政府は社会契約に基づく擬制だからである。連邦政府は観念的な構築物であって、身体性がない。一方、「ステイト」は共感と同質性に基づくリアルな集団である。
 トランプが目指しているのは米国を再びいくつもの「共感と同質性に基づく共同体」「隣邦と嫉視反目するステイト」に分解することだと私は思う。もちろん、そんなことをすれば米国の国力は衰える。だが、ポピュリスト政治家にとって最優先するのは国力の増大ではなく、自身の権力の増大なのである。そして、社会契約に基づく「冷たい共同体」より、共感と同質性に基づく「熱い共同体」の方が容易に専制政治に転換する。フェデラリストの一人ハミルトンは250年前に今日あることを予見しているかのようにこう書いていた。
「歴史の教えるところでは、人民の友といった仮面のほうが、強力の政府権力よりも、はるかに専制主義を導入するに確実な道程だったのである。事実、共和国の自由を転覆するにいたった連中の大多数のものは、その政治的経歴を人民へのこびへつらいから始めている。すなわち、煽動者たることから始まり、専制者として終わっているのだ。」(週刊金曜日 4月16日)