トランプの世界戦略は何かをよく訊かれる。果たして「戦略」と呼べるようなスケールの構想が彼の脳裏に存在するのかどうか、私には分からない。ただ、トランプがMake America Great Again と呼号していたときの「再帰する先」がどこかは見当がついた。ウィリアム・マッキンリーとセオドア・ルーズベルトが大統領をしていた時代、すなわち1897年から1909年までの米国である。
マッキンリーは米西戦争でスペインの植民地だったプエルトリコ、グアム、フィリピンを併合し、キューバを保護国化し、ハワイ共和国を併合した。米国が露骨な帝国主義的な領土拡大をした時期の大統領である。そして、保護貿易主義を掲げ、外国製品に対して57%という史上最高の関税率をかけたことで歴史に名を遺した。ルーズベルトは「穏やかに話し、大きな棒を担ぐ」「棍棒外交」で知られているが、日露戦争を調停したこと(この功績でルーズベルトはノーベル平和賞を受賞した)とパナマ運河の完成で歴史に名を遺した。
トランプはアラスカにある北米最高峰の名称をそれまでのデナリからマッキンリーに戻し、メキシコ湾をアメリカ湾に改称し、グリーンランドの領土化、パナマ運河の「奪還」を求め、ウクライナ戦争の調停役を名乗り出て、高率関税による保護貿易を目指した点から推して、彼がこの二人の大統領をロールモデルにしていることは確実だろう。
過去の成功体験を模倣すればすべてはうまくゆくというのがドナルド・トランプの政治思想の「すべて」である。申し訳ないけど。
マルクスが言うように世界史的な出来事の渦中に投じられた時、人は「過去の亡霊たちを呼び出して助けを求め、その名前や闘いのスローガンや衣装を借用する」ものなのだ(『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』)。だからトランプのアメリカには「退行」だけがあって、未来がないという診立ては間違っていないと私は思う。(信濃毎日新聞 4月11日)
(2025-04-18 08:40)