先日、松竹伸幸さんが配信しているYoutube 番組https://www.youtube.com/watch?v=xxMw-IU9_Cwに出演した。ご存じの方も多いと思うけれど、松竹さんは『シン・日本共産党宣言』という本で共産党の党首公選制と党の安全保障政策の転換を求めたことを咎められて、共産党を除名されたアクティヴィストである。今は共産党への復党を求めて裁判をしている。
不思議な裁判である。「自分を除名した政党への復党」を求めているのである。矛盾していると思う人がいるかも知れないけれど、おそらく松竹さんの脳裏には「現実の日本共産党」と「あるべき日本共産党」の二つがオーバーラップしているのだと思う。松竹さんが復党して帰属を求めているのは「あるべき共産党」という幻想の方である。幻想なのだけれど、除名を取り消し、自分を復党させてくれるような(懐の大きな)政党になって欲しいという松竹さんの希望が彼の戦いを支えている。
「赤旗」は先の衆院選直前に「裏金問題」をあきらかにして、自民党を少数与党に追い込む上で大きな功績を上げた。でも、有権者は共産党に解散前の10議席を2議席減らすという「忘恩」で報いた。比例得票数も前回の416万から336万に20%減だった。党勢はあきらかに衰退局面に入っている。理由はいろいろである。党員の高齢化、政策面で共通性のあるれいわ新選組の躍進などが指摘されたが、「除名問題」も敗因の一つだった。
どんな政治組織でも、イデオロギー的な純化をめざせばサイズは縮減する。当たり前のことである。党中央の方針に異を唱える人たちを「分派」として処断すれば、たしかに「異物」は排除されるが、組織は小さくなる。政治組織がもし本気で現実を変えたいと望むなら、「大きくなる」のがことの筋目である。そして、組織が「大きくなる」ためには「小異を捨てて大同につく」人々を結集させるしかない。イデオロギー的な純化と組織の成長は両立しない。純化すれば縮減し、大きくなればイデオロギー的な純潔は保ち難い。
14年前、私が凱風館を建てたときに、合気道の師である多田宏先生に「道場開設に当たって心すべきことがあったらお教えください」とお訊ねしたことがあった。その時多田先生は笑顔で「変なやつが来る」と即答された。しばらく意味がわからなかった。「変なやつ」が来るからセキュリティを強化しろとか、事前に身上調査をしろとかいうようなことを先生が言われるはずがない。そのまま思案しながら道場を始めた。そして、数年してから懇談の席で何人かの門人たちから「実は入門する時は人生に行き詰っていて、起死回生の覚悟で入門したのです」という打ち明け話を聞いた。生き方を根本から変えようと思って武道の道場の門を叩いたというのは、よく考えたら25歳の私自身がそうだった。なるほど。人生を変える覚悟で入門してくるのだから「変なやつ」に決まっている。
共産党に申し上げたいのはそのことである。政治組織を立ち上げるというのは「変なやつが来る」ことを覚悟するということである。共産党に入党する人は別にカルチャーセンターで趣味のお稽古事をするようなつもりで来るわけではない。「人生を変える」覚悟で来るのである。だったらみんな「変なやつ」に決まっている。松竹さんはかなり「変なやつ」だと思う。でも、それは二十歳を少し過ぎた時に自分の人生を変える決断をして入党した人なら当然だと思う。
政党が大きくなるには「変なやつ」を包摂するしかない。その時の「大きい」という語の意味は私たちが子どもに向かって「大きくなれよ」というのとほとんど変わらない。
(『週刊金曜日』3月19日)
(2025-03-31 09:36)