これだけは確かなもの

2024-12-27 vendredi

 今年は激動の年でしたね。米国ではトランプが大統領選を制し、ウクライナとガザでは今も戦闘が続き、日本では総選挙で自民党が少数与党に転落し、兵庫県知事選では虚偽の情報で有権者の動きが一変し、韓国では大統領によるクーデタの企てがあり、これで終わりかと思っていたらシリアのアサド大統領が失権してロシアに亡命。まだ今年は三週間残っていますから、もう一波乱あっても僕は驚きません。
 世界は「カオス化」している。これは間違いありません。30年ほど前、ソ連が崩壊した頃には「歴史の終わり」ということが言われました。これからはもう大きな変化はなく、システムは定常化するだろうという見通しが語られていました。でも、まるで違いました。
「歴史は迷走する。」これは確かです。それでも、だいたいの方向性は決まっています。哀しいほどちょっとずつけれど、人類は進歩しています。「三歩進んで、二歩半下がる」くらいのスローペースではありますけれども、ちょっとずつ世界はまともになってはいます。
 今はさすがに世界のどこの政府も民族差別や性差別や拷問や人権侵害や奴隷制度を「公然と」行うことはなくなりました(何か別の「大義名分」を掲げてやります)。それだけ「世間の目を気にする」ようにはなっているということです。
 ロシアもウクライナ侵攻に際して「ネオナチ討伐」とか「ロシア系住民保護」といった「政治的に正しい理由」を掲げました。「領土が欲しいから他国を侵略する」というようなことは(たとえそれが本音でも)口にできない時代になりました。
 大筋では人類は進歩に向かって進んでいますが、短期的・局地的には「退化」する場合もあります。例えば、アメリカは今「退化」の局面にあります。だいたいMake America Great Again というスローガン自体が「今は昔と比べると落ち目になっている」という現状認識を正直に吐露しているんですからね。「アメリカ・ファースト」ということはもう国際社会に対して指南力のあるメッセージを発信する気はないという意味です。自国さえよければそれでいい。よそで国際法違反があろうと、人権侵害があろうとアメリカは与り知らない。そう公言する人をアメリカの有権者は大統領に選んでしまった。「退化」という以外に形容のしようがありません。
 アメリカが復元力を発揮して、もう一度グローバル・リーダーシップを取り返すことができるかどうかは分かりません。でも、中国もロシアもEUも、どのアクターも国際社会のメンバー全員が同意できるような「最大公約数的未来」を提示することはできていません。僕が「カオス化」と呼んでいるのはこのような事態のことです。
 さて、こんな時代に受験生はどうしたらいいんでしょう。僕にもわかりません。ちょうど昨日ある国政政党の党首の方とオンラインで対談しました。「これからどうしたらいいでしょう」と相談されたのですけれども、僕に言えたのは「一気に流れを変える」ような奇手は目指さない方がいいということだけでした。「ことの筋目を通すこと」と「困っている人に親切にすること」だけでいいんじゃないですか。そう申し上げました。それでは大きな流れを創り出すことはできないでしょうけれど、等身大の人間性以外に政治的価値を考量する「ものさし」を持つべきではない。「すべての社会矛盾を一気に解決」というようなことは考えない方がいい。カオスの時代だからこそ、「これだけは確か」というものを基準に生きた方がいい。
 若い方にも年頭に当たり同じことを申し上げたいと思います。
(「蛍雪時代」1月号)