高校生は「人口減」という文字列を見ても、あまり強い反応は示さないと思います。「だんだん出生数が減っているんでしょ?」という以上のことまで想像が及ばないかも知れない。
報道によれば、去年の出生数は72万6千人、前年比5.8%減です。これは「ああ、そうですか」で済まされる数字ではありません。かなりすごい数字です。このペースで出生数が減り続けると、5年後には出生数は51万人。10年後には38万人になります。僕は1950年生まれですが、出生数234万人でした。僕の子ども時代の学校の風景が今とはまったく違ったものであることは想像できると思います。
人口減した日本では経済はどうなるのか、年金制度や健康保険制度は維持できるのか、移民は受け入れるのかとか、メディアでは議論がなされていますけれど、受験生にとって一番現実的な問題は大学のことです。
人口減のプラス点は「大学に入るのが相対的に簡単になる」ことです。大学は定員をそんな簡単には減らせません。出生数が5.8%減だから定員も5.8%減にするというわけにはゆかない。だから、ほとんどの大学はどこも定員割れの学部学科を抱えることになります。そういうところには簡単に入学できます。受験生にとっては朗報です。でも、マイナス点もある。 それは定員を満たせない学部学科を抱える大学はいずれ廃校になるリスクがあるということです。
お隣の韓国ではもう大学廃校が日常的なニュースになっています。このままだと、いずれソウル近郊以外にはほとんど高等教育機関がない国になるでしょう。日本も放置しておけば、そうなります。
もちろん入学した大学が在学中に廃校になるということはありません。卒業するまで学習権は保証してくれます。でも、卒業後に「卒業した大学がなくなる」可能性はあります。「どの大学出身ですか?」と訊かれて「もうなくなっちゃった大学なんですけど・・・」と答えるのはたぶんすごく切ないことだと思います。
ですから、これからの受験生は「楽して、簡単な大学に入れるメリット」と「廃校になった学校の卒業生になるデメリット」を比較考量して進学先を選択することが必要になります。面倒な話ですけれど。
人口減が続くと、これまで経験したことのない事態が生じます。生産年齢人口が減って、市場が縮減するわけですから、さまざまな産業が消滅します。でも、どの業界が、いつ、どうやって消滅するかは予測不能です。AIによって人間がこれまでしてきたどんな仕事が代替されるのかがよく分からないからです。医療や弁護士業務の相当部分がAIで代替されると予測する人がいます(外科手術はもうロボットが代行しています)。自動運転テクノロジーが実用化されたらドライバーという職業がなくなると予測する人もいます。いや、AI導入よりも低賃金労働者をこき使う方が安上がりだから、肉体労働はなくならないと予測する人もいます。大規模な雇用消失が起きると社会がもたないから、テクノロジーの開発をいったん停止しようという科学技術抑制主義(techno-prudentialism)もアメリカやEUでは始まっています。未来は霧の中です。
では、どうしたらいいのか。僕にもわかりません。でも、いつの時代だって「未来は霧の中」だったんです。僕の時代は「いつ米ソで核戦争が始まるかわからない」という未来への不安が日常的でした。それに比べたら人口減なんか気楽なものだと言えば気楽なものです。そう思って笑っている方がよい知恵も浮かびます。きっと。(『蛍雪時代』4月号)
(2024-05-26 17:08)