韓国のある出版社から「韓国オリジナルの本」を出すことになった。先方から質問を送ってもらって、それに僕が答えて、それで一冊にするという趣向である。
その中に面白い質問があった。「メンターはどうやって見つけたらいいのでしょう?」というものである。
「最近はオンラインでのコミュニケーションが活発になったおかげで物理的に遠く離れている人をメンターとする人もいたりします。 韓国では「オンライン先輩」「オンラインメンター」というような言葉もあります。良いメンターとメンティ、あるいは望ましい師匠と弟子の関係とはどのような形なのでしょうか?」
以下が私からの回答。
メンターにはいろいろな種類があります。生涯師として仰ぎ見て、ずっとその後についてゆく人もいるし、一時的にA地点からB地点まで移動するときの道案内をしれくれただけの人もいます。例えば、広い川の前に来た時に、渡し船が来て船頭さんに「乗るかい?」と誘われて、それに従って、向こう岸に渡って、そこで別れたとしても、その船頭さんがいなければ「向こう岸」には着くことができなかった。それなら、この船頭さんもメンターの一人です。
講道館柔道の創始者嘉納治五郎が柔術を学ぼうと思い立ったのは明治10年(1877年)彼が18歳の時のことです。でも、明治維新の直後で、ほとんどの古流武道はもう教える人も学ぶ人もなく、戦国時代以来の道統は消滅しかけていました。
当時、失業した柔術師範たちは骨接ぎで生計を立てていたので、治五郎は、あちこちの骨接ぎ医を訊ねては「柔術をご指南願えないか」と頼みましたが、どこでも「もう教えてない」と断られました。でも、ある時出会った八木貞之助という骨接ぎ医が「私はかつて天神真楊流という柔術を稽古していたが、今は教えていない。だが、道友の福田八之助はまだ弟子をとっているらしいから紹介しよう」と言ってくれました。治五郎はそこで福田に就いて天神真楊流を学び、福田が没した後は同流の磯正智と起倒流の飯久保恒年に就き、明治15年に自ら一流を開いて、講道館柔道と称しました。
福田と磯と飯久保の三人は実際に嘉納治五郎に柔術を教えたわけですから当然彼の「メンター」と呼んでいいと思いますが、僕は八木も「メンター」に数えてよいのではないかと思います。その人が繋いでくれなければ「その先」に進めなかったという意味では、彼も立派な「メンター」です。先ほどの例で言うなら、「渡し船の船頭さん」です。
「メンター」というものをあまり大仰にとらえない方がいいと僕は思います。就いて学ぶ以上は「生涯にわたって尊敬し続けられる師」でなければならないとメンターのハードルをあまり高くすると、「この人もダメ、この人もダメ」と次々と排除しているうちに、最終的に「ついに死ぬまで誰にも就いて学ぶことがありませんでした」ということになりかねません。
僕はメンターという言葉をもっと広義に用いてよいと思います。そこには「生涯の師」も含まれるし、「渡し船の船頭さん」も含まれる。学ぶ側も「オープンマインデッド」でなければならない。「自分で立てた厳しい条件を満たす人以外からは何も学ばないと決意した人」と「出会うあらゆる人から、それぞれの知見を学ぶことができる人」とではどちらが知的に成熟するチャンスが多いか、考えるまでもないでしょう。
そもそもどうして「学ぶ」というときに、そんなに肩ひじを張るのでしょう。実は前に韓国から来た青年たちと歓談したときにも、「内田先生に何か質問がある人はいますか?」と司会の朴先生が訊ねた時に、「訊きたいことはあるのですが、ここで先生から答えをもらってしまうと、自力で問いに向き合うチャンスを失うことにはならないのでしょうか?」という発言をした若者がいました。
またずいぶん堅苦しい考え方をする人だな・・・とちょっと驚きました。そんなのじゃんじゃん訊けばいいじゃないですか。質問して答えを得たからといって、別にその答えに居着く必要はないんですから。「なんかこの答え、違うみたいだな」と思ったら、聞き流せばいい。「なるほど、そういう考え方もあるのか」と思ったら、脳内のデスクトップのどこかに転がしておけばいい。そのうち何かの役に立つことがあるかも知れないし、まったく役に立たないかも知れない。そんなことは先にならないとわかりません。
もしかすると、「人にものを訊く」ことを「借りを作る」ということのように思っているのでしょうか。そうかも知れませんね。「コンサルタント」とか「アドバイザー」とか、質問に答えることでお金を取ることを商売にしている人がいまはたくさんいますから。うっかり質問すると、その人に対して「お金」ではないにしても、「敬意」とか「遠慮」とかいう「借り」ができる。それは面倒だから、訊かないでおこう・・・というふうに考えても不思議はありません。
でも、それは違いますよ。「答えを与えること」を商売にしている人たちは、相手が誰でも問いが同じなら、同じ答えを与えます。でも、メンターは違います。同じ問いでも、相手によって答えを変える。
僕は前に合気道の多田宏先生にロングインタビューをしたことがありました。もう20年以上前のことです。そのときは先生の道場の一部屋で長い時間話をしました。インタビューを切り上げて、二人並んで道場の玄関から出ようとしていたときにふと思いついて、「先生、武道において一番たいせつなことはなんでしょう?」というとんでもない質問を向けたことがあります。すると先生はすっと目の前にあった「脚下照顧」という看板を指さして、「これだよ、内田君。『足下を見ろ』だ」と答えられました。
すごいなあと僕は思いました。まさに僕からの質問を見透かしたように、先生は間髪を容れずにぴたりとはまる答えをされたからです。さすが達人というのはたいしたものだと思い、この話をあちこちで書いたり、門人に話して聞かせたりしてきました。
でも、それから何年か経ってから、もしあの時僕が道場の玄関ではなくて、例えば商店街の中の道を歩いている時とか、駅の改札口で、同じ質問をしたら、先生は何と答えただろうと、ふと思ったのです。その時にはもしかすると先生は「歳末大警戒実施中」とか「そうだ、京都へ行こう」とかいうポスターをさっと指さして、「『機を見ろ』だよ、内田君」とか「『直感に従え』だよ、内田君」とか言ったのではないか・・・。そう思ったら、ますます「達人というのはたいしたものだ」と思うようになりました。
多田先生の答えはコンサルタントとかアドバイザーが機械的に出力する「できあいの答え」とはまったく別のものだったのだと思います。その刹那に、その相手に対して、その場でしか生じることのない「唯一無二の答え」をする。
人にものを訊くというのは、本来はそういう経験を求めてのことだと思います。だから、人にうっかり質問をして答えを得たら、自分の成長が止まるんじゃないかなんて、心配することはありませんよ。
(2023-10-23 11:51)