ウクライナとロシアの停戦はありうるかという質問をある媒体から受けた。私は国際政治についてはただの素人である。私の意見は「床屋政談」の域を出ない。それでもよいならという条件でこんなことを書いた。
ウクライナにとっての「国土回復」はロシアにとっての「国土喪失」であるというゼロサムゲームを両国は戦っている。戦力は拮抗していて、どちらかの国が圧倒的勝利を収めるという終わり方は今のところなさそうである。
ロシアは憲法で領土割譲を認めていないのでロシアには「停戦のための領土的譲歩」という外交カードがない。軍事的勝利以外にプーチンには自分が始めた「特別軍事作戦」の出口がない。領土的既得権を失うかたちでの停戦はプーチンの政権基盤を危うくし、失権のリスクがある。だから、プーチンは自分からは絶対に譲歩しない。
一方、ゼレンスキー大統領はその「ぶれない姿勢」でウクライナ国民と欧米諸国の支持を集めている。もし彼がロシアと水面下の交渉をしているという情報がリークされたら国民は失望するだろう。国民からの信認はゼレンスキーの唯一の権力基盤である。だから、ゼレンスキーも国民の合意を取り付けた後にしか譲歩を試みることができない。
完全なデッドロックである。状況が変わるとしたら、両国の指導者のどちらかが何らかの理由で(反政府運動かクーデタかあるいは健康上の理由かで)地位を去る場合である。
プーチンは自分の地位を狙う政敵はほぼ完全に排除してきたから権力中枢に残ったのは無能なイエスマンばかりである。プリゴジンのような素人が軍事に口出しするというような異常なことが起きたのはたぶんそのせいだ。軍は戦争に忙しく、治安当局は体制受益者であるからクーデタを企てるインセンティヴがない。クーデタ以外の理由でプーチンがその座を去った場合も、後継者は外交的な譲歩をしないだろう。すれば国民の支持を失うことが明らかだからだ。
ゼレンスキーの支持基盤は国民の愛国的な気分である。だから、何らかのシリアスな失策を犯した場合、失権する可能性はプーチンよりずっと高い。ゼレンスキーの後継者は、国民と欧米諸国の厭戦気分を配慮して、領土的譲歩を呑む可能性はある。ロシアにとってはそれがとりあえず「最良のシナリオ」である。だから、今もロシアはウクライナ国民の厭戦気分と「反ゼレンスキー気分」を煽るために非戦闘員の殺害と偽情報攻勢を行っているはずである(あまり効果が上がっていないようだが)。
停戦のもう一つの可能性は仲裁役の登場である。国連安保理もアメリカも戦争の当事者なので「時の氏神」にはなれない。できるとしたら、習近平だろう。習金平がウクライナに対して桁外れの金額の復興支援を約束した場合、ウクライナが「いったん停戦して、中国の金を使って『次の戦争ではロシアに勝てる国』づくりに勤しむ」という選択をする可能性はある。これなら面子が立つから。
だが、仲裁が成功した時、中国は米国に代わってグローバル・リーダーの地位に就くことになる。だから米国は全力を挙げて中国による調停を妨害するだろう。その時、日本政府はどうするつもりだろう。何も考えていないような気がする。
(中日新聞「視座」9月8日)
(2023-09-25 08:46)