「サル化する世界」についてのインタビュー

2020-03-03 mardi

「サル化する世界」(文藝春秋)が発売5日で重版となった。累計2万部。ずいぶん勢いがある。
きっと養老先生の『バカの壁』と同じで、タイトルのインパクトが大きいのだと思う。
「なんだか知らないけれど、最近、『そういう感じ』がしてたんだよな・・・」と思っている人が、自分がぼんやり感じていることをもう少し体系的に論じているものを読みたいということはあるから。
というわけである新聞からインタビューの申し入れがあった。メールでのQ&Aの方が面倒がなくてよいですと言ったら、質問票を送ってきたので、さらさらと書いて返送した。

1)本書を上梓しようと思われた動機・きっかけを教えて下さい。
 素材の多くはブログ記事と他の媒体にすでに発表したものです。文藝春秋の山本浩貴さんがその素材を「料理」して作ってくれた本ですので、僕の側に積極的な「動機」があったわけではありません。ただ、山本さんが本を作ろうと思ったきっかけになったのはブログに上げた「サル化する世界」というタイトルのインパクトが強かったせいみたいです。

2)タイトルにある「サル化」の意味を改めてお願いします
「朝三暮四」のサルは今腹一杯になれるなら、未来の自分が飢えることを気にしません。過去から未来にわたる広がりのある時間の流れの中に身を置いて、今ここでなすべきことを思量するという習慣を失った現代人の傾向を「サル化」と呼んだのです。

3)この100年で、日本人はどのように変わったと思われますか。
 最も変わったのは基幹産業が農業から製造業へ、そしてさらに高次の産業に遷移したことです。「価値あるもの」を創造するに要する時間がどんどん短縮されてきた。100年前は「植物的時間」の中で人々は生きていましたが、今の株取引はマイクロセコンド単位で行われます。それのせいで広がりのある時間の中でものを考える習慣を失ったのだと思います。

4)いま、日本の教育界にとって喫緊の課題は何だと思われますか。
 子どもたちがゆっくりと自分のペースで成熟できるように、親も教師も浮足立たないことでしょう。教育の要諦は忍耐と楽観です。周りが前のめりになって子どもに「適性」や「自分らしさ」を押し付けるせいで子どもたちは小さく固まって、息が浅くなっています。豊かな「未決状態」の中で子どもが自然に熟成してゆくのを待つ覚悟が親や教師の側に必要だと思います。

5)巷に貫禄が感じられない高齢者が増えてきているような気がするのですが。
 高齢者男性は最近になって急に幼児化したわけではないと思います。たぶん昔から中身は「こんなもの」だったのです。ただ、かつては父権制秩序が男性に「大人のようなふりをする」ことを制度的に強いてきたけれど、今はもうそのような強制がなくなった。だから、幼児性がずるずると露出してきたのだと思います。

6)日本は新型コロナウイルスの進入をなぜ食い止められなかったのでしょうか
 ウィルスには国家なんか関係ないです。ただ、日本政府の防疫体制がことさらに劣悪だったのは事実です。それは今の政権下で政治家や官僚が「専門家の専門的知見」を尊重する習慣を持たくなったからだと思います。彼らは専門家の意見を政権や市場の要請に応じてねじ曲げることに慣れ過ぎてきたのです。

7)自らが情報難民にならないための心構えをご教示ください。
 過去20年くらいを通覧して、そのときどきに状況判断において誤ることの少なかった専門家を分野ごとに何人かリストアップしておいて、何かあった時に「あの人は何て言ってるだろう?」と調べてみるのが一番安全だと思います。僕はそうしてます。

8)老後、先の見えない不安に満ちた日々を生き延びるための秘策をご伝授ください。
 リスクヘッジというのは「丁と半と両方に張る」ことです。セーフティネットも支持点が多いほど強い。複数のネットワークに帰属して、複数の生業を持ち、ところが変われば立場も人格も変わるという「鵺」的な生き方が一番安全だと思います。幼児的な高齢者には難しい仕事でしょうけれど。資源を一点に集中させる「選択と集中」戦略が老後を生き延びるためには最も危険なやり方だと思います。