ゼミに行くと欠席が9名。
ほとんどの四年生は最終学年はゼミしか授業がないはずであるので、ゼミに来ないということは、フルタイムで就活に走り回っている、ということである。
気の毒である。
だが、浮き足立ってことをなして成功するということはあまりない。
大事に臨んでは、まずゆっくり腰を据えて、お茶漬けなど食べるというのが日本古来の風儀である。
ゼミを休むほどに浮き足立ってはろくな結果にならない。
それに、私に「ろくな結果にならない」というようなことを言わせてはいけない。
私の言葉はたいへん遂行性が強いからである。
私が「そんなことをすると、ろくな結果にならない」とうっかり口走ってしまうと、それはきわめて高い確率で現実化するのである。
だから、君たちがわが身の安全をほんとうに案ずるなら、私を怒らせてはいけない。
ご存じのように、私は学生に対して威圧的になったり、がみがみやかましく叱ったりすることがまずない(二年に一度くらいしかない)。
私がかっと怒ってどなり散らす、というような態度に出るなら、むしろ諸君は「安心」してよろしいのである。
そうではなくて、「まあ、これくらいのことで怒るのはおとなげないわな」というように自分に言い聞かせて、表面を取り繕った場合が恐ろしい。
その怒りは行き場を失って、深く静かに内攻し、フロイトが言うように、検閲を逃れて、まったくそのかたちを変え、「症状として回帰する」ことになるからである。
私の「症状」がどういう形態をとるのか。
私は見たことがある。
それはたいへん禍々しいものであった。
それを描写するのは控えよう。
「ある種の破局がかたちをとったもの」であり、「できれば一生見ずに済ませた方がよいもの」である、とだけ言うにとどめたい。
だから、ゼミは休まないほうがいいと思う。
ほんとに。
追伸:と書いたら、就活でゼミを休んだ学生から「先生の呪いのせいで、ものもらいができました」と泣訴してきた。「生き霊は先生のゼミのある日に試験なんかやる企業のほうに飛ばしてください」というので、了解する。「ものもらい」ぐらいで済んでよかったね。
企業の人事担当のみなさん、とくに火曜の午後に面接とかセミナーとかに当たった人は健康状態にご注意くださいね。
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(2010-04-14 12:33)