ひさしぶりに時間が空いたのだけれど、あまりにバックオーダーが多いので、どこから手を着けてよいか、わからない。
原則としては
(1)締め切りが切迫しているものから書く
(2)書き上げるのに要する時間の少ないものから書く
(3)おもしろそうなテーマのものから書く
ということになる。
締め切りが切迫しているものは「自殺論」。これはもう書いちゃったからあとは英訳するだけ(それに時間かかるんだけど)。
書き上げてしまうと「これで完成!」というのは、石川さんとの共著の『若者よ、マルクスを読もう!』の上巻。
これはぼくと石川さんが往復書簡で、マルクス=エンゲルスの代表的著作を「高校生が読みたくなるようにご紹介する」というハート・ウォーミングな企画である。
「高校生が思わず読みたくなる」ようにマルクスを紹介する仕事って、楽しそうでしょ。
『共産党宣言』から始まって、『ユダヤ人問題によせて』、『ヘーゲル法哲学批判序説』、『経哲草稿』、と来て、今回は『ドイツ・イデオロギー』。
もともとは単行本1冊の企画だったのだけれど、ふたりとも「かきすけ」なので、長くなり過ぎ、結局上下二巻に分けることになった。
だから、今回は『ドイデ』について書けば、とりあえず「一丁上がり」である。
著作の内容については、石川さんがていねいな書誌と祖述を施してくれるので、ぼくの仕事は「いや〜、マルクスって、よいよね」と個人的な感想をちゃらちゃら書くだけ。
なにしろ刊行目的がとにかく「若い人にマルクスを手に取らせる」ということであるので、資料批判の厳密性とか論争史への目配りとか、そういうことはぜんぜん気にしないのである。
マルクス研究者のみなさんの中にはそう言うと激怒されるかたもおられるやもしれぬが、マルクスのような天才の書きものは「とにかく一人でも多くの人間が手に取って読んでみる」ということが大切であるので、ご批判は静かにスルーさせていただくのである。
石川さんは人も知る「代々木の人」である。
私の前歴はご存じのとおり「反代々木の人」である。
考えてみると、全共闘運動からはや 40 年が経つが、「代々木の人と反代々木の人がしみじみとマルクスについて語る」という本というのは、これまでに企画されたことがなかったのではないかと思う。
そういう意味では、けっこう「画期的」な本である。
石川さんは私の神戸女学院大学におけるもっとも信頼する同僚であり、「極楽スキーの会」の同志である。
彼の誠実、正義感、ぶれのなさ、ユーモアの感覚、そして宴会好きに私は深い敬意を払っている。
政治の本質は「あいつは敵だ、敵を殺せ」というものだと言われる。
だが、私は政治の本質は「みんな仲間だ、仲良くしよう」でなければならないと思っている。
いかにして共同体の統合を果たすかというのが政治闘争の究極目標である。
その目標に向かう過程では「いかにして、できるだけ多くの人々を仲間に引き入れるか」、それだけが問題にされるべきである。
そういうふうに考える人はきわめて少ないけれど、私はそう考えている。
政治力とは「反対派を効果的に排除する能力」のことではなくて、「反対派と仲良くなってしまう能力」のことである。
それはまっすぐに「天下無敵」「万有共生」という武道の原理に通じている。
わが知識人たちは久しくその批評性の鋭さを「攻撃性」を指標として考量してきた。
「非寛容である」ということと「批評的である」ということはぜんぜん意味が違うと思うのだが、どういうわけか、それを同義だと勘違いしている人がいる。
どれほど無慈悲で切れ味のよい批評を他人に向けて行っていても、そうしているおのれ自身の判断に紛れ込んでいるイデオロギーやドクサを遡及的に吟味する「装置」を備えていない人間は「批評的」とは言えない。
真に批評的な知性は「他者へのドア」がいつも半開きになっている。
だから、年齢が違い、立場が違い、職種が違い、信教が違い、政治思想が違い、国籍が違い、言語が違うと人といっしょにいても楽しむことができる。
私と石川さんはマルクスの読み方がずいぶん違う。政治についての考え方もずいぶん違う。それでも双方にとって愉快でありかつ生産的な対話は可能である。
書簡6に私はこう書いている。
ぼくは石川先生とのこの往復書簡はそういう「タフでしなやかな政治の言語」をつくりだすための一つの試みにはならないだろうかと考えています。もちろん、マルクスについて若い人にもわかるように、噛み砕いて解説するということが本書の第一義なんですけれど、それと同時に、ぼくたちのような、それぞれ政治的立場も意見も違う人間同士が、愉快かつ礼儀正しく政治について対話ができて、それぞれがそこから生産的な知見を汲み出しているということを実例として示すということが、けっこうたいせつなんじゃないかと思うのです。
そういう本が書けたらいいですね。
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(2010-02-14 11:55)