歓待の幕屋

2009-12-28 lundi

19日から28日までの10日間に8回忘年会をやるという、たいへん消化器系および肝臓に負荷のかかる日々を過ごしている。
とりあえず昨日までに7回の忘年会を消化した。
昨日は恒例の「煤払い」
以前はひとりで4日くらいかけて家中を掃除していたのであるが、近年は谷口隊長率いる「甲南合気会お掃除隊」というボランティア団体がやってきて、勝手にどんどんお掃除して、冷蔵庫の中の賞味期限の切れた食材を棄てて、風呂のタイルの目地を磨き上げ、家の中をぴかぴかにしてくれる。
今年は、隊長以下、キヨエさん、ババさん、ムカイさん、ヒロスエくん、タカトリくん、オオサコくんの総勢 7 名。
ありがたいことである。
他人に自分の掃除を任せて宜しいのかというお考えをされる方もおられるであろう。
私は構わないと思う。
私は個人の家をプライベートに「閉じる」ということにあまり興味がない。
家もまた「開放系」であるべきではないのかと思う。
というのは、家というのは単なる居住のための空間ではなく、極論すれば「自我の比喩」のように思われるからである。
家を自分の好みで統一する人間というのが私はあまり好きではない。
よく雑誌に、趣味的に統一された端正な部屋を披露して自慢げにしている有名人が出ているが、それを見ると、「なんか厭」と思う。
なんというか「とりつく島がない」ような気がするのである。
もっと雑多でいいんじゃないかなと思う。
だって、人間て、雑多なものでしょ。
私は雑多な人間である。
だから、頭の中にはぐちゃぐちゃといろいろな想念が渦巻いている。
アカデミックなアイディアもあるし、意馬心猿のごとき悪念も跋扈している。詞想も浮かべば、だじゃれも浮かぶ。同胞愛に満たされるときもあるし、排他的憎悪に猛り狂うこともある。
そういうものを全部含めての私である。
そういう「手札」をできれば、ちゃんと並べて出しておきたい。私自身に対して、私自身を「情報開示」しておきたい。
抑圧とか隠蔽とか、あまりしたくないのである(もちろん、抑圧というのは「抑圧していること自体に本人が気づいていない」というかたちで機能するので、「抑圧しないですませる」ということはどうせ無理なんだけど)。
その「自我の公開」をめざす構えというのは、記号的にはその人の家のありように表れるのではないかと思っている。
家がシンプルなデザインで統一されている人というのは、自我の設計もシンプルなデザインを選択しているのではないかと思う。
それだけたくさんの「抑圧されているもの」が誰も知らない「地下室」でひそかに腐臭を発しているような気がする。
私はそれが厭なのである。
どれほど表面をきれいにしておいても、「地下室からの腐臭」からは逃れることができない。
だから、できることなら私の家の「地下室」にはミセス・ベイツのミイラとか、そういう気持ちの悪いものはしまっておきたくないのである。
別に表玄関に展示しろとは言わないけれど、もう少しアクセスのいいところ(ミイラが急に起き上がってきたときに、とりあえず手近に「逃げ道」のあるところ)に置いておいたほうがいいと思う。
「お掃除隊」のみなさんは「ウチダの家はこんなふうであって欲しい」という、それぞれの思いを以て登場され、てんで勝手に私の家を掃除してゆく。
結果的にはそこに「私自身のセルフイメージ」と「みなさんが私だと思っているイメージ」が雑然と空間的に表象されることになる。
その不整合が「いい湯加減」である。
書棚にはヒロスエくんが掃除してくれた。
「ウチダの書棚にはこんなふうに本が並んでいるはずである」という彼女の想像に基づいて配架されている。
「他人が想像した私の頭の中」がそこに空間的に表象されているわけである。
私が自分で並べても、どうせどこにどんな本があるかよくわからないということについてはたいして変わりがないからよいのである。
他人が私について抱いている(無根拠な)幻想や(驚嘆すべき)洞察を「込み」で「そういう人間です」というふうに私は名乗ることにしている。
だって、実践的には「他人がそういう人間だと思っている人間」としてしか社会的に機能しようがないんだから。
そういうふうにして自我のうちに他者が浸入してきているありかたを「常態」とみなすということを家は実践的に表象しているのではないかと私は思う。
アブラハムが義人とされた理由について、レヴィナス老師は「それはアブラハムの幕屋は荒野からそこにたどり着いた見知らぬひとたちを迎える歓待の場だったからである」と書いている。
ひとりとして客人を見落とさないようにアブラハムの幕屋はそれゆえ四方に「玄関」があったと伝承は伝えている。
アブラハムには遠く及ばないけれど、私もまた我が家をささやかな「歓待の幕屋」としたいと願っているのである。
「お掃除隊」のみなさん、いつもありがとう。
来年もよろしくね。
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