歯がない

2009-08-11 mardi

ポートピアホテルで神戸大の岩田健太郎先生と「感染症とインフルエンザ」の話をして(なんで私がそんな話を専門家とするのか、理由は私もわからないけれど、たいへん愉快な対談であった)、医学書院のおごりでおいしいフレンチをいただきて、ようやく死のロードが終わり、自宅に戻る。
ひさしぶりに我が家のベッドで寝たが、起きると何の因果か、また締め切り原稿がたまっている。
午前中かかって原稿を書く。
家の中にはロードのあいだの家事と仕事がたまっているが、それを片付ける暇もなく、歯科へ。
1 年半かけて歯を全面的に治す計画なのであるが、その最初のハードルとて、下の歯を10本抜く。
さすがの私も歯を10本同時に抜いたことはない。
麻酔をかけて4時間。
鏡を見ると、歯がない。
もちろんしばらくはものが食べられない。
食べられないのは仕方がないが、しゃべれない。
むりして口を開けばしゃべれないことはないが、「ひゃへれない」という発声になる。
ひゃへれないひんへんが、このあとへんふはいにへはり、ひろひまでほうへんをひたりふることははのうなのへあろうは。
ほうはんはほてもふはのうのようなひはふるのはは・・・
とりあえず明日明後日と歯科で予後を養うので、あるいは仮の義歯をご用意いただければ、すこしは人間的発声に類する音を出すことができるようになるやもしれぬ。
わからないけど。
最悪の場合は、演武会は「総合説明演武」じゃなくて、「無言演武」になりそうである。
講演もなんだかしまりのないものになりそうである。
ほんとうはそういうイベントが全部終わった 18 日に手術を入れていたのだが、先生のご都合で一週間前倒しになり、このようなクリティカルな状況になってしまったのである。
でも、先送りにすると、こんどは大学の授業が始まってしまう。
身体のあちこちにガタが来た人間をあまりこき使うものではないと思うのだが、世間さまはまことに容赦がない。
というわけで発作的に2011年は「1年間完全休養」を宣言することとした。
2010年度は「大学最後の年だから、教育に専念したいので、学外の仕事はすべてお断り」、2011年度は「30数年の疲労を回復するために完全休養なので仕事はすべてお断り」。
2年間メディアから姿を消せば、きっとみんな私の名前なんかすぐに忘れてくれるであろう。
そしたら、レヴィナスの時間論を書いて、『異邦人』の翻訳をして、あとは武道の稽古に集中するのである。
道場を建て、能のお稽古をし、池上先生と温泉に行き、三宅先生と美味しい物を食べ、兄ちゃんたちと温泉麻雀に行き、淡路島で橘さんと野菜を作り・・・
そういう夢を見ながら、歯の痛みに耐えているのである。
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