歯なしの日々

2009-08-12 mercredi

歯がないと困る。
しゃべり方が完全に「ラリハイ」(というのももう死語だな)状態なのである。
外に出るときは、最低限の用事しか口にしないからよいが、電話が困る。
「あの、済みませんけど、今週はちょっと無理だと思います」が「あの、ふみまへんへほ、こんひゅうは、ひょっほ、ふりはとほほいはふ」に変換される。
三菱東京 UFJ 銀行芦屋北支店のヤスムラくんはきっとこいつはなんか悪い薬物を濫用しているのではないか(ノリピーとかオシオマナブとかの事件が相次いだし)と思ったのではないだろうか。
ヤスムラくん、違うのだよ。歯がないだけなの。
むかし駒場時代に、ラリハイで空中浮揚して顎の骨を砕いてしまった友人がいた。
スワゾノくんというナイスな少年で、よく一緒に麻雀をしたのだが、その怪我でずいぶん長く入院していて、しばらくして退院してきたとき教室で会った。
ぽんぽんと肩を叩かれて振り返ると、顔の下半分くらいを金属製のフレームで覆っている少年が顔の上半分だけでにこにこ笑っていた。
誰だろう?と怪訝な顔をしたら、「ほれはよ、ふわそのはよ」と教えてくれた。
しばらくの間、仲間からは「ふわぞの」と呼ばれていた。
卒業したあとはどうなったのだろう(そもそも卒業したのだろうか)。
現在は非常に薬物服用については「ばれると刑事罰」ということしかアナウンスされない。
それは言い換えれば「ばれなければノープロブレム」というふうに若者たちが信じているということである。
だが、オーバードーズで死ぬ人間はいくらもいる。
あとで「しまった」と思ってももう手遅れということを若者たちに周知すべきであろう。
素人が麻薬に手を出すとどういうことになるか知りたい人はタランティーノの『パルプ・フィクション』をご覧くださるとよいと思う。
この映画はそれ以外にも「友だちの選び方」や「トイレに行くときの気配り」などについてたいへん多くの教訓を含んでいるので、お子さまが中学生になったらぜひ繰り返し見て欲せていただきたいものである。
歯科に行って、抗生物質の点滴を打ってもらう。
10本抜いたわけであるから、口腔中は穴だらけ、血だらけ、腥風血雨、その状、酸鼻を極めている。
とにかく血を止めて、抗生物質を打って、痛みと腫れを鎮める。
とりあえず今日はそれだけ。
明日は「仮歯」を入れる。
傷口の上にのせるので、ずいぶん痛いものらしい。
よろよろと新大阪から戻り、芦屋の大丸から「内祝い」を送る。
ふつうは6月中に出さなければいけないのであるが、6月7月に私は「休みの日」というものがほとんどなくて、たまの休日は朝から晩まで締め切りを過ぎた原稿を書き飛ばしていて、とてもそのような社交的な気分ではなかったのである。
それに7月になると「ギフトセンター」はすでにお中元で長蛇の列をなしており、ご案内の通り、私は何が嫌いといって列に並ぶことほど嫌いなことはない。
そんなこんなでベタ遅れになってしまった。
9月になって3ヶ月前の結婚式の「内祝い」が届くのであるから、もらった人はきっと季節外れのお中元か早手回しのお歳暮かと思うことであろう。
まことに申し訳ないが、伏してご容赦を乞うのである。
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