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アメリカの夢

リーマンブラザースが破綻した。
こういうときは「平川くんはこの事態をどうとらえているだろう」と思うので、さっそく彼のブログを読む。
http://plaza.rakuten.co.jp/hirakawadesu/diary/200809160000/
なるほど、そのような理解でよろしいわけですね。
そうか。
私はアイボリー・タワー(最近わりと娑婆臭くなってはきたが)の人間なので、リーマンとかメリルリンチとかAIGというのが「なんぼのもん」なのか実感としてはさっぱりわからない。
つい二週間ほど前のある雑誌(気の毒なので名を秘す)がこの外資系金融機関で働く女性たちを特集していた。
先端的ビジネスで、複雑怪奇な金融商品を捌いて、年収数千万円というようなサクセスフルな女性のアクティヴでアグレッシブな生き方を、「ロールモデル」としてご呈示したいというような内容であったかに記憶している。
間の悪い話である(そういえば、昨夜「AIGに公的資金投入」のニュースの直前にアフラックのCMが入っていた。これもかなり間が悪い)。
現場を取材していて、金融危機を予見できなかったジャーナリストとしての嗅覚の悪さがいささか問題ではないかと思う。
ご存じのとおり、「腐りかけたもの」は腐臭を発する。
それはわずかな、ほんのわずかな徴候から感知できる。
ふつうは「どうしてこんな奴が威張っていられるのかわからない奴が威張っている」というかたちで検出できる。
無意味にえらそうにしている人間がそこここに目に付いたら、その組織は「末期的」であると判じて過つことがない。
「えらそう」に見えるのは、外部評価と自己評価の差が大きいせいである。
「自分の能力は過小評価されているのではないか」という不安をもつ人間は、自分への敬意を喚起するために「わずかによけいな身ぶり」をする。
「えらそう」というのはその「わずかによけいな身ぶり」のことである。
いちばんわかりやすいのは「アイコンタクトの遅れ」である。
こちらが声をかけても書類から顔を上げない、隣の席の人間とのおしゃべりを止めない。
こちらが質問すると、答えることよりも「私はそういう質問をされることをすでに予見していた」ことを誇示することを優先する人間(彼らは答える前に、「だから」という鬱陶しげな一言から始めることが多い)。
そういう人間が一定数いたら、そういう組織はもう長いことはない。
リーマンブラザースやAIGに私は(もちろん)足を踏み入れたことはないが、高い確率で「そういう人間」が蟠踞していたことは想像に難くない。
というのは平川くんも指摘していたように、この金融という商売は「自己評価が異常に肥大する」という人間の治癒しがたい傾向を基盤にしてはじめて成立するものだからである。
サブプライムローンというのが今回の直接の火種であるが、これは要するに「払えない借金の証文」に「今は無理だが、未来の私には払えるんじゃないか」という「錯覚」によってハンコを捺させるシステムである。
「未来のオレ=ほんとうのオレ」は今のオレより「金がある」ということを信じることのできる人間だけが身の丈に合わない借金をする。
これは古今東西を問わず「借金の定法」である。
つまり、サブプライムローンというのは、現にたいへん低い社会的評価しか受けていない人たちを対象に、「あなたへの外部評価は不当に低く、ほんとうのあなたはもっと高い評価を受けて然るべきであり、必ずや受けるであろう」という悪魔の囁きをもたらすことで成功したシステムなのである。
これに、「あなたがローンで買った土地は価格が上昇し続ける」という「土地神話」が一枚噛むのであるが、これも「あなたがいま所有している土地の外部評価は不当に低く、いずれその本来の評価に達するであろう」という、外部評価と自己評価の「埋められるべき落差」という物語を前提にしている。
つまり、サブプライムローンというのは「現に外部評価がたいへん低いのだが、それに比べて自己評価が異常に高い人間」を組織的に備給し続けることによってはじめて莫大な利益を上げるシステムだったということである。
ここまではご理解いただけたものと思う。
では、なぜそのスーパークレバーなシステムが破綻したかというと、「外部評価が非常に低く、自己評価が異常に高い人間」のことを私たちの社会では一般に「バカ」と呼ぶからである。
つまり、「身の丈に合わない借金をする人間」を生み出し続けることで利益を上げるシステムとは、「バカを構造的に備給し続ける」ことでのみ生き延びることのできるシステムだったということである。
このサブプライムローンシステムを構築するにあたって、アメリカの金融界は業界全体で「外部評価が低く、自己評価が異常に高い人間」こそがアメリカンドリームの体現者となるべき「模範的アメリカ市民」であるというナラティヴに同意署名した。
自分たちが信じない「物語」を顧客に信じさせることは困難だから、おそらく金融大手の社員たちもまたこぞって「ほんとうのオレの力はこんなもんじゃないよ」という肥大した自己評価で鼻の穴を膨らませる競争に励んでいたはずである(見たことないから想像ですけど)。
そして、この顧客開拓戦略(ならびに金融エリート=成功者モデル)は劇的に成功してしまったのである。
結果的にアメリカ社会は必要以上の数の「バカ」を抱え込むことになってしまった。
さいわいなことに「アメリカ人が全部バカになる」ことでしか延命できないシステムは瓦解した。
そのことの危険に誰かが気づいたのか、それとも・・・

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2008年09月18日 10:06 に投稿されたエントリーのページです。

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