育児とケータイ

2007-06-18 lundi

日曜はラジオデイズの収録で、高橋源一郎さんとおしゃべり。
前日のラジオ収録はラジオ関西の放送用だけれど、今回のはポッドキャストで売る商品である。
「ただで聴けるもの」と「お金を出して買うもの」の違いがあるのだが、こちらは同じ人間であるので、しゃべる内容のクオリティを上げたり下げたりということはできない。
高橋さんと会うのはひさしぶりである。
なんだかずいぶんお肌の色つやがよい。
きけば育児のために毎日午後10時就寝、午前3時起きという規則正しい生活を送っておられるそうである。
子どものときから夜更かしタイプの高橋さんは、昼間というのは「ぼおっとして眠たい時間」であり、時計の針が午前0時をまわったくらいから頭脳が活性化するというのが当たり前、というふうに思い込んでいたそうであるが、齢知命を過ぎてはじめて「昼間に眼がぱっちり開いていて、夜になると睡魔に襲われる」というのがどれほど快適なものかを知られたそうである。
家ではもう2年間お酒を飲んだことがないそうである。
お肌つるつる。
「育児美肌」である。
そういう話をラジオでしたかったのであるが、収録が始まると平川くんがいきなり真面目な顔になって「タカハシさんの初期作品を今回通読させていただいたのですが・・・」というような話題を振るものだから、みんな急にまじめになってしまう。
ねえ、文学の話なんかいいから、もっと違う話しようよ〜と私はさかんにシグナルを送るのだが、高橋源一郎さんと平川 “石沢玄” 克美に向かってそれを言うのは村松友視と古舘伊知郎に向かって「ねえ、プロレスの話なんかいいから」とか養老孟司・池田清彦両先生に向かって「ねえ、虫の話なんかいいから」と言うのと同じようにまるで詮方ないことである。
しかたがないので、机に肘を突いて二人の話をぼおっと聴いている。
この二人と比べると、私はまるで文学と縁のない人間なんだな〜ということがしみじみわかる。
でも最後の方に高橋さんが話してくれた「ケータイ小説」と「ライトノベル」の話はとっても面白かった。
これはぜひ後期の「メディアと知」の一テーマに取り上げて分析してみたい。
文房具のテクニカルな条件の変化にともなって文体は変化する。
私の場合はワープロの登場によって、あきらかに文体に変化が生じた。
それは「無限の修正の可能性を織り込み済みで書き飛ばす」ことが可能になったことで、それまでだったら「深追い」するはずのなかった「あまり追いかけても先の展望のなさそうなトピック」に対してマメに反応するようになったということである。
原稿用紙に鉛筆で手書きしているときは、「書ける文字数」について一日の上限が決まっていた。
だから「字数の無駄遣い」ができない。
ある字数を超えたところで肩や首の筋肉が「もうダメです。書けません」と悲鳴をあげる。
ワープロ導入によって、字数的にはそれまでの10倍以上のキャパシティが確保され、それからあと私は「どうでもいいようなアイディア」を執拗に追い回すようになった。
「まっとうなアイディア」にはあまり個人差が出ないが、「どうでもいいようなアイディア」は個人の嗜癖の差がくっきり現れる。
「一日当たりの書記可能文字数」の激増は「個人的嗜癖」の顕在化をもたらす。
ケータイの場合は、それとは逆のことが起きている。
親指でちょこちょこ押して文字を書くのである。
両手でブラインドタッチでキーボードを叩くのとはスピードの桁が違う。
ディスプレイに表示される文字数も少ないし、送信できる情報量も少ない。
「一通信あたりの文字数」に上限がある以上、ここで起きることは容易に想像できる。
おそらく、ワープロ導入で私の身に起きたことの反対のことが起きる。
「個人的嗜癖」の後退と、「クリシェ」の支配である。
たとえば、私が今書いているようなタイプの文章をケータイで書いて友人に送信するということは誰もしないであろう。
私だって手元にケータイしかなかったら、こんな文章はぜったい書かない。
前に野沢温泉にスキーに行ったとき、「えぴす」の締め切りを忘れていて、ゲレンデに行くまでの道筋でケータイで映画評を書いて送信したことがあった。
まことに困難な仕事であった。
画面が小さすぎて、少し長い文章を書くと、主語が視野から消えてしまうのである。
何度も自分が何を書いているのかわからなくなった。
ケータイでは複文以上の論理構造をもつ文は書けない。
それはいずれ「複文以上の論理階梯で思考する」習慣の消滅をもたらすであろう。

と書いてからしたくをして大学にでかけようとエレベーターに乗ったら、よく顔を合わせる階上の奥さんと一緒になった。
こんにちはと挨拶したら、「あの〜、ちょっと立ち入ったことうかがっていいかしら」といわれた。
なんでしょうと言うと「どこのお店なの?」と訊かれた。
お店?
「あら、違うの? レストランかなんかじゃないの。」
レストラン?
あの〜、私大学の教師なんですけどとお答えする。
「あら〜、失礼、ごめんなさい!」と先方はずいぶんあわてていた。
私のどこがレストランなのであろうか・・・としばらく考える。
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