たたかえ! 公安調査庁

2007-06-19 mardi

朝鮮総連の中央本部の土地建物が627億円の借金のカタに差し押さえられるのを防ぐために、元公安調査庁長官と元日弁連会長がダミー会社へ所有権移転をはかった事件について、メディアは「真相は謎」とか「意味がわからない」と繰り返しコメントしている。
どうして?
誰にだってわかるでしょう。
公安調査庁は破壊活動を行う可能性のある組織を監視する官庁である。
国内における監視のメインターゲットは朝鮮総連である。
現に今年の5月30日の公安調査庁長官訓示で、長官は同庁の喫緊の課題を三つ挙げている。

「第一は,国際テロ関連動向調査の推進であります。テロを未然に防ぐためには,国際テロ組織関係者の発見や不穏動向の早期把握が何よりも大切であります。」
「第二は,北朝鮮関連情報の収集強化についてであります。北朝鮮・朝鮮総聯の動向は,我が国の治安のみならず,我が国を含めた東アジアの平和と安全保障に重大な影響を及ぼすものであることから,今後とも喫緊かつ最重要課題として取り組む必要があります。とりわけ,日本人拉致問題や核・ミサイル問題などをめぐる北朝鮮の対応や実情について,政府の施策に貢献し得 る高度情報が求められておりますので,各局・事務所におかれては,金正日政権のこれらの問題に関する今後の対応方針や,朝鮮総聯に対する指示・指導等について,高度情報の収集に特段の努力を傾注していただきたいのであります。」
第三は「オウム真理教に対する観察処分の厳正な実施」。

その三つが公安調査庁のとりあえずの仕事である。
「三つもある」ともいえるし、「三つしかない」ともいえる。
そして、緒方重威元長官はそのうち「喫緊かつ最重要課題」をコントロールすることができたら、公安の仕事はずいぶん楽になるであろうと考えたのである。
私は緒方長官の推論はたいへん合理的であると思う。
彼がめざしたのは朝鮮総連に「恩を売る」ことではない(そんな情緒的な人間は諜報活動に従事できない)。
そうではなくて、北朝鮮からの情報を専管し、国内におけるあらゆる北朝鮮関連活動の指令がそこから発されるような「中枢」が存在することは、そのような「中枢」が存在しない場合よりも「北朝鮮関連情報の収集強化」のためには有利であると判断しただけである。
ジェームズ・エルロイが書いているように、警察の夢はすべての犯罪が「組織的」に行われることである。
人間社会が存在する限り、「犯罪が消滅する」ということはありえない。
次善の策は「犯罪が中枢的に管理されて行われる」ことである。
犯罪組織と警察が緊密な連絡を取り合い、ある程度共依存的関係を保つことができれば、国家体制の根幹を揺るがすようなカタストロフは回避できる。
犯罪を統御する組織的中枢が存在せず、さまざまな種類の犯罪が、さまざまな動機で、さまざまなタイプの人間によって、ランダムに行われるというのが警察にとっての「悪夢」である。
統制不能の犯罪はひとつひとつは微罪であっても、社会秩序そのものへの信頼を酸のように犯す。
だから、世界中どこでも警察は犯罪組織の存在を看過している(場合によっては支援さえする)。
それと同じ理屈で、公安警察は仮想敵国のスパイ組織が「ツリー状」の上意下達組織系列をもって活動することを切望するのである。
スパイというのは本質的にダブル・エージェントである。
情報戦の本質はビジネスと同じく「交換」だからだ。
自国の機密情報を流すことを代償にしてしか、敵国の情報を得ることはできない。
情報漏洩のもたらす被害と、それとの交換で獲得される情報によって予防できる被害を比較考量して、算盤が合うと判断したら、情報なんかいくら漏洩したってよい。
そう考えるのがスパイである。
公安調査庁の長官というのは「諜報活動の責任者」である。
そんな人間が「義侠心」やら「欲得ずく」のような人間的感情に基づいて違法行為を犯すはずがない。
ダミー会社の設立と登記移転は(少なくとも主観的には)諜報活動の一環として行われたと私は考えている。
総連本部の土地建物を公安が保全するということは、それが「金正日政権のこれらの問題に関する今後の対応方針や,朝鮮総聯に対する指示・指導等について,高度情報の収集」をより容易ならしめるという判断に基づいて決断されたのである。
それを直接公安調査庁がやったのではリークしたときに大変なので、緒方元長官という「ダミー」を経由したのである。
もちろん安倍総理大臣だってあらかじめご存じである。
このような重大な諜報活動が首相の暗黙の了承抜きで行われ、首相が新聞を読んで知ってびっくりした・・・というようなことだとしたら、そちらの方がよほど国政のありようとしては異常である。
「監視対象はできるだけ監視しやすい状態にとどめておきたいと願うのは公安として当然でしょう?」という常識的な言葉をどうして誰も口にしないのであろう。
私にはそちらのほうがはるかに謎である。
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