とりとめのない日曜

2007-03-13 mardi

日曜日は早起きして、湊川神社へ。
野口傳之輔先生のところの「笛と囃子の会」がある。
能の素人会にはいろいろなものがあるが、囃子系の会は「お買い得」感が高い。
シテ方の素人会の場合、仕舞でも舞囃子でも素謡でも能でも、基本的には「素人が舞台中央にでずっぱり」という構造である。もちろん囃子方もワキ方も狂言方もすべてプロで固めているので、構造的にはきっちりしているけれど、何と言っても「主役」が素人なのである。
それに比べると囃子の会、とくに笛の会の場合、主役の能管はわりと控えめで、あまり前面に出てこない楽器なのである。
だから、演目によっては吹いていない時間の方が長いということだってある(あまりにやることがないので、能の途中から最後まで眠ってしまった笛方がいたという都市伝説が能楽界にはいまも伝わっている)。
意味わかりますよね。
素人があまり前面に出てこないということは、ほとんど玄人の会だということです。
シテ方の素人会が「素人が指揮をする交響楽」であるとすれば、囃子方の素人会は「楽器一つ以外は全員プロの交響楽」である。
それで能が三番あって、入場無料で、おまけにお昼のお弁当までつくのである。
だから、通の「能楽好き」はこのような囃子方の素人会と、養成会のような「出演者の90%以上が玄人なのに無料の公演」をきっちりチェックして、能楽を堪能されているのである。
私は午後からかなぴょんの演武会があるので、下川宜長先生が帯刀さんの笛で舞う『融・酌之舞』と大槻文蔵先生の『姨捨・弄月之舞』だけ見て帰ったのだが、この二つだけでも「お腹いっぱい」になってしまった。
このあとには善竹ブラザーズの『三番三』があり、上田貴弘先生の『猩々乱』があり、藤谷音彌さんと上田拓司さんの『石橋』(「しゃっきょう」と読んでね)まであったのである。

湊川神社から芦屋の青少年センターに移動。
かなぴょんの合気道芦屋道場の第三回演武会である。
たくさんのお弟子さん(おこちゃまたち)と、そのご家族が見学においでになる。
お子様演武と指導員演武(永山さん、森田さん、河内さん)のあとに、ウッキー、のぶちゃん、タカオくんらが招待演武(石田 “社長” がのぶちゃんとタカオくんに続けざまに投げられて、かなり気の毒な状態であった)。
かなぴょんの堂々たる師範演武のあとに、私が「番外説明演武」。
合気道とはどういう武道であるのかについて、のぶちゃん、ドクター、ウッキーをお相手にして、あれこれと解説をしながら演武をお示しする。
しゃべりながらだといくらでも演武できる。
これはしゃべっていると休めるので体力が回復するということではなく(それもあるが)、実は私がひとりでしゃべっていて、観客も受けもそれをじっと聴いているという状態になると、道場全体が「私の場」になるからである。
私の話が途切れて、次の技がはじまるとき、そのタイミングを逸しないように、受けのみなさんは全身の感度を上げてスタンバイしている。
この「相手の動き出しを待ってスタンバイしている」状態をして「活殺自在」と称するのである。
「待つ」というのは、「絶対的に遅れる」ことだからである。
私が「しゃべる」のは相手を「待たせる」ためにそうしているのである。
「次に何を言うのか」「次に何をするのか」が予見されたときに術は破れる。
だから、「この人は次にいったい何をし始めるつもりのか?」という狐疑の状態につねに相手をとどめおかねばならない。
養老先生の東大の解剖学の教室にどういう理由でだか、やくざが因縁をつけにきたことがあった。
養老先生はそのとき解剖中の「腕」を机の上にぽんと置いたそうである。
なま腕である。
やくざは絶句して、そのまま帰ったそうである。
やくざというのは「相手がどのようなことを言おうと、どのような行動をとろうと、それが彼にとってつねに『想定内のできごと』でしかないことを思い知らせ、同時に絶えず相手の想定を裏切る言動をとることで、相手に無力感を感じさせる」プロである。
「なま腕」はその彼にとっても「想定外」だったということである。
「人間の身体の一部分がぽんと目の前に置かれたときの適切な対応」というものを私たちは経験的には学習したことがない。
一方、生物の本能は「自分の同類の身体の一部が無文脈的に目の前にごろんと投げ出された状況」に遭遇したら「とりあえずその場から全速力で逃げろ」と教えている。
それはほとんどの場合「私たちより巨大で、獰猛で、無慈悲な何か」がそこにいることのシグナルだからである。
さすが養老先生である。
演武会の帰りに「るんるん」だか「つるつる」だか「ふにゃふにゃ」だか、そんな名前の喫茶店で打ち上げ宴会。
ドライカレーやグラタンを食べている方がいるので、「腐敗したオットセイの内臓で半分溶解した水鳥の死体を肛門からずずっと吸い出すエスキモーのビタミンC摂取方法」についてリアルな説明をしてあげる(@「もやしもん」)
ドクターが負けずと「水牛の乳を発酵させてすさまじい臭気を発するヨーグルトにさらに水牛の静脈血をまぜてごくごく飲むマサイ族の栄養満点ドリンク」の話をする。
のぶちゃんも負けずに「アナコンダに呑み込まれて下半身が消化された状態で生還することの困難さ」について論じ、クーも負けずに「琵琶湖で発見された口がワニ状態のアリゲーターなんたらという体長2メートルになる魚に襲われて死ぬときの不条理感」について考察する。
かなちゃんがワッフルを食べながら悲しそうな顔をしていた。
ごめんね。
かなちゃん演武会ご苦労さまでした。
みなさんもご協力ありがとう。
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