けふもしごとでひがくれて(付・就活支援広報)

2007-02-23 vendredi

火曜、水曜、木曜と終日ほとんど休みなく仕事。
『街場の中国論』の初稿が終わり(やれやれ)、推敲に入る。
これは2月末締め切りだから、初夏のころには本になるであろう。
私が言うのもなんであるが、たいへん興味深い中国論である。
どのへんがオススメかというと、これが「大学院生目線」の本だからである。
世の中に流通している無数のテクストはそれぞれ固有の「目線」を無意識的に採用している。
「目線」というのは「そこから何が見えるか」ではなく、むしろ「そこからは何が見えないか」によって特徴づけられる。
例えば、本邦のテレビのニュース番組のほとんどは(中年男性がキャスターであっても)「おばさん目線」である。
だから、私たちがワイドショーやニュースから知れることができるのは「日本のおばさんは何を知っているか」ではなく主に「日本のおばさんは何を知らないか」である。
これはそれなりに有益な情報である。
『下流志向』は「社長目線」の本であると先に記したが、正確を期して言えば、日本の社長さんたちが「そこから構造的に眼をそむけていること」に焦点化した本である。
だから、「大学院生目線」の本は、「人文系の大学院生がそれについて選択的に無知であること」を中心に書かれていることになる。
もちろん「人文系の大学院生が知らないこと」はいくらでもある。
大事なのはそのことではなく、「知っていても良いはずだし、知っているといろいろと有用であり、知る機会があったにもかかわらず、学ぶことをしないできたこと」である。
これはシャーロック・ホームズが『白銀号事件』で採用した推理術である。
「あの夜、犬が吠えなかったのはなぜか?」
ホームズの推理は「起きたこと」ではなく「起きてもよいはずなのに、起きなかったこと」の理由を訊ねて進んでゆく。
これはたいへん効果的な推理術であると思うのだけれど、(養老先生によれば)本邦の知識人でこの対偶的推理術を操作する人は少ないのである。
日本の21世紀初頭の人文系大学院生が中国について「知っていてよいはずなのに知らないこと」は何か?
それを探ってゆくうちに私は重大な発見をしたのである。
それは「中国がどんな国であるか」について見過ごされている情報のほとんどは、それが知られることで「日本がどんな国であるか」がわかってしまう情報だったということである。
そんなことがあるものかと思われたら実際に本を手にとって赤ペン片手に検証されることをオススメする(おお、手の込んだ販促活動)。
というわけで中国論としてはあまり役に立たないが、日本人論としてはたいへん有用な一冊なのである。

引き続き養老先生との対談本、『逆立ち日本論(仮題)』の校正に取りかかる。
養老先生の前でまるっと貫禄負けして、私が珍しく「そうでございますねえ・・・いや、お説のとおりでがんす」とイッパチ化しているところが愉しく読めるのである。

そうこうしているうちに『VOICE』の池谷さんとの対談原稿データが来る。
この校正については悲惨な物語があるのであるが、あまりに悲惨であるばかりかウチダの粗忽ぶりが露呈した世間の皆様大笑いの話なので、海馬から消去することにしたのである。

そうこうしているうちに共同通信から「締め切りすぎてるんですけど」という督促メールが来る。
そ、そうですか。
「まさか、忘れていたんじゃないでしょうね」
はい。忘れていました。
超特急で1200字を書き飛ばす。
推敲も何もあらばこそ。
「反教養主義の元凶はフェミニズムである」という居酒屋のカウンターで酔っ払い親爺が小声で話すことまでは許されようが、天下の新聞に掲載して、民意を問うような論件ではない。
しかし、書いてしまったものはしかたがない。
これを奇貨としてフェミニスト諸君が「何を愚かなことを。フェミニズムのおかげで日本人の知性はこれだけ向上したではないか」という反証事例を列挙して下さることを切望するのである。

大学で自治会誌「おちょぼ口」のインタビュー。
来年度から始まる「副専攻・キャリアデザインプログラム」の中の「メディアと知」という科目を私は担当するのであるが、その科目がどのようなカリキュラムでどのような教育効果をめざしているのかという本質的な問いかけがなされる。
「え? 困っちゃったな〜、あのね、何やるか、まだ決めてないんです」。
は? まだ決めていない・・・。では、教育目標というのは?
「え〜と、急に困った場面に遭遇しても臨機応変に対処できる能力の涵養でしょうか」
先生が今されているように、ですか。
「そ、そうです。インタビューで想定していない回答に遭遇したときに、その『想定外の出来事との遭遇』そのものを記事にする能力。あなたがいままさにされんとしている当のその営みこそ編集者として必須のものなのであります。」
問答すること1時間半。
たいへんスマートなインタビュアーであったので、つられてエディター心得、ライター心得について「ここだけの話なんだけど」的インサイダー情報を大量にリークしてしまう。
「おちょぼ口」の編集長優秀です。
出版社のみなさん、うちの編集長が面接に行ったら、どうぞよろしくお願いします(併せてうちのゼミのタムラもよろしく)。

訂正:
さきに「大学のブランド力とは?」の中で島崎先生を「バリシニコフ、フォーサイスと並び称される」とご紹介申し上げましたが、これは「バランシン、フォーサイス」の間違いでは・・・というご指摘をいただきました。ミハイル・バリシニコフはコレオグラファーじゃないですもんね。謹んで訂正させていただきます。島崎先生ごめんなさい。
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