ミリアム館で昇天

2007-02-18 dimanche

「学生たち、もうはじけちゃってます」という島崎先生の言葉に誘われて、ミリアム館に音楽学部舞踊専攻の発表会を見に行く。
水曜日から始まっていて、すでに3ステージが終了している。
見てきてた人たちが学内で会う人ごとに「見ました? 見なきゃダメですよ」といっている。
「ぽろぽろ泣いちゃいました」という人が二人いた。
驚いたのは、某課長が「これまでの人生を反省して、これからはまじめに生きようと思いました」という感想を告げたことである。
人をして「これからはまじめに生きよう」と決意せしめた舞踊のあることを私は寡聞にして知らない。
本学の舞踊専攻は2006年に始まったばかりだから、学生たちは、まだ島崎先生の教えを受け初めて1年に満たない。
わずか1年の訓練で、「このままワールド・ツァーに出せます」と観客をして言わしめるほどのレベルに達するということがほんとうにありうるのであろうか。
ともあれ島崎先生に「ウチダ先生には絶対見て欲しいんです」とあの説得力のあるまなざしで訴えられたのであるから、これは見ないわけにはゆかない。
私とて舞踊の観客としてまるでシロートというわけではない。
アルヴィン・エイリーもピナ・バウシュも麿赤児もシルヴィ・ギエムもナマで見ているし、高校生のときにはピットインで土方巽の後ろの席に座ったことだってある(唐十郎の『続・ジョン・シルバー』を見たとき。芝居が終わるすぐに唐十郎が客席に走ってきて、「土方先生、いかがでした?」とまるで通知表をねだる子供のように見上げたので、どてら姿で長髪を輪ゴムで止めた怪しいおじさんが暗黒舞踏の創始者であることを私は知ったのである)。
閑話休題
ミリアム館の座席はぎっしり。大学関係者だけでなく、高校生くらいの子たちも来ている。舞踊専攻がすごいことになっているという話はバレエやダンスの世界にはもうアンダーグラウンド情報で伝わっているのであろう。
音楽学部のS藤先生に会う。
S藤先生は毎日見に来ているそうである。そのS藤先生の母上と並んで、一番前の真ん中の招待席にご案内いただく。
入学センターのA木課長もリハから毎日みているので「もう20回以上見ました」ということである。
音楽学部長、学科長、チャプレンとご令嬢などと次々ご挨拶。
そして、幕が上がり・・・
1時間50分の舞台の感想はうまく言葉に出来ない。
とりあえず島崎先生の手を握って「ありがとうございました」というのが精一杯であった。
「あなたは偉大な教師だ」とも申し上げた。
世界的なコレオグラファーをつかまえて「偉大な教師だ」もないものだが、経験者とはいえ、アマチュアの学生さんたちをわずか1年でこれだけのパフォーマンス・レベルに導くことができた指導者の力量には脱帽するしかない。
1年でこのレベルということは、卒業するころにはどうなってしまうのであろう。
私に娘がいたら(いるが)島崎先生に弟子入りさせたいと思うところである。
島崎先生の教育法がどういうものか、見たことがない私にはよくわからないけれど、「ブレークスルー」というのが何かを学生ひとりひとりに実際に経験させていることははっきり知れた。
「自分の限界を超える」やり方を教えることはある程度技術のある教師ならできる(それさえできない教師も多いが)。
けれども、一度「自分の限界を超える」ことができた人間は、「自分の限界を超えたやり方」に固執するようになる。
禁欲的な走り込みやウェイトトレーニングで「限界を超えた」と思う人間は、そのあとも限界に突き当たるたびに同じことを繰り返す。
しかし、ほんとうにすぐれた教師は「自分の限界を超えるやり方」に固執してはならないということを教える。
「変化する仕方そのものを変化させる」ことがエンドレスの自己超克のためには必要なのである。
だが、「君たちは自分の限界を超える仕方そのものの限界を絶えず超えてゆかなければならない」ということを学び始めたばかりの人々に告げる勇気のある教師はきわめて少ない。
それは教師自身の教えの妥当性を教師自身が否定することのように思えるからである(ほんとは違うんだけど)。
島崎徹先生はそのごくごく例外的に少数の教師の一人である。
そのことはステージが始まる前の挨拶をうかがっているうちに推察された。
そして、それはステージを見終えたあとに確信に変わった。
人間が自己の技能や知見の限界を超える契機は二つある。
一つは「限界を超えなければ、生き延びられない」という死活的なストレスをかけることによって。
もう一つは「限界を超えることは、愉しい」という身体的実感を知ることによって。
島崎先生はそのどちらをも熟知されていたように私には思われた。
だから私は「あなたは偉大な教師である」と申し上げたのである。
本学の舞踊専攻がこのあとどのような展開を示すことになるのか私には予測がつかない。
けれども、この定員7名の小さな専攻が私たちの大学の教職員学生院生の全員を「教育とは何か?」という根源的省察に導いたことは間違いない。
そのような機会を与えてくれたことについて、島崎先生はじめ音楽学部の同僚たちに対して深く感謝したい。
舞踊専攻の学生のみなさんにも Bravo! の挨拶を贈ります。
ほんとうにすてきな笑顔でした。
あなたがたのような学生を「身内」に持てたことを私は誇りに思います。
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