「機械って言っちゃ申し訳ないけど… 15〜50 歳の女性の数は決まっている。(…) 産む機械、装置の数は決まっているから、後は一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」
柳沢伯夫厚労相が年 1 月 27 日島根県松江市で開かれた集会で洩らした不用意な発言が国内政局を揺るがせている。
首相は厚労相擁護の立場だが、参院与党幹部はこのままでは内閣支持率が下がり続け、2月4日の愛知県知事選、夏の参院選に影響が出るという予測から、閣僚辞任を求めている。
野党は審議拒否で「首を取る」と息巻いている。
柳沢厚労相にしては「本音」をもらしただけだろうが、「少子化対策」の厚労相がこれほど少子化問題の原因について思慮が浅いというのはまことに困ったものである。
少子化の原因を厚労相は「一人頭のがんばり」が足りないせいだと考えているようだが、少子化の原因は「女性の個人的努力が不足しているせい」だという理解はいくらなんでもあんまりである。
ご存じの通り、少子化は世界の趨勢である。
日本の合計特殊出生率は2005年で1.26。
第一次ベビーブームの頃が4.5だから、まことに驚くべき低下である。
しかし、これは日本ばかりではない。
他の先進国でも軒並み出生率は低下している。
イタリアが1.33,ドイツは1.34。
韓国は1.19、「一人っ子政策」が進む中国は1.8。
アメリカは先進国では例外的に2.0を超えているが、これはヒスパニックとブラザー&シスターとアジア系市民が子だくさんだからであり、WASPの出生率は激減している。
出生率の推移について、わかっていることは二つある。
(1)女性識字率と出生率は関係がある。
(2)教育費と出生率は関係がある。
この二点である。
女性識字率が向上し、女性の学歴が高くなると、どこの国も出生率が落ちる。出産育児は女性のキャリア形成を妨げるから、少子化・晩婚化が進む。
当たり前である。
教育費が高いと出生率は下がる。
これも理屈は簡単である。
フランスはヨーロッパでは例外的に出生率が回復した国である(1994 年に 1.68 まで落ち込んだ出生率は2006年には2.01にまで回復した)が、理由は労働法制が整備され、子育てへの行政の支援がなされたせいである(出産手当、育児手当、ベビーシッターや保育士を傭うときの補助金などなど)保育園はすべて無料。
そればかりか大学もほぼすべてが国立で、年間の学費はわずか2万円。
逆に、韓国の出生率は2000年から2004年にかけて、1.47、1.30、1.17、1.19、1.16と急坂を転げ落ちるように低下しているが、韓国の学校教育費の私的負担は堂々の世界一である。
この二つがとりあえず知られている少子化についての統計的事実である。
とすると打つ手は二つしかない。
一つは国民の識字率を下げることである。
これは意外なことにすでに現実化しつつある。
90年代以降、日本の子供たちの学力は劇的な低下を続けており、漢字が書けない、アルファベットが読めない、四則計算ができない、という学力の人々が数十万単位で生まれつつある。
結果的に就労できないか、きわめて労働条件の悪い仕事しか得られ女性にとっては「嫁に行って子供を産む」という「永久就職」が経済的・精神的自立をめざすよりも生存上有利な選択になる、ということはありうる。
しかし、国策として女子に向かって「勉強しなくていいですよ」ということはありえない。
男の子たちが「性差別だ」と怒り狂うことは目に見えているからである。
「ぼくたちだって勉強なんかしたくないよ」と子供たちは言うであろう。
男女が競って勉強しなくなれば(現にそうなっているが)少子化どころか遠からず国が破滅してしまうであろう。
となると、行政にできることは二つしかない。
フランスの成功例と韓国の失敗例から帰納できる政策は、「子供を産んだ女性をものすごく優遇すること」と「学校教育費を思い切り下げること」の二つである。
これくらいのことはとうに厚労省の役人は気づいていて、政策提言しているのであろうが、さっぱり実施される様子がない。
それは、「子供を産んだ女性だけを優遇する」という措置にはたぶんフェミニストが「女性を産む機械とみなす女性蔑視だ」というロジックで反対しているからである。
自民党としても独身女性、子供のいない女性、不妊で苦しむ女性、フェミニストのすべてを敵に回して選挙に勝てるはずがないから、この政策はただちにボツである。
せいぜい育児手当を数千円上乗せするとか、保育所を少しばかり増やすとか、その程度でお茶を濁して、「別に子供を産まない女性を差別しているわけじゃないんですよ」という弱気な笑いをしてみせることしかできぬであろう。
となると、残るは一つ。
国公立の学校の授業料を(小学校から大学まで)無料にすることこそ、実は少子化を一気に改善する秘策なのである。
親の負担が激減するばかりでなく、子供たちは「苦学」ということができるようになる。
自分の進路について、出資者である親の意見を聞かなくても、「好きなことをやる」ことができる。だってただなんだから。
子供たちはみんな好き勝手な専門分野に散らばって、自分がやりたいことを夢中になって研究するであろうから、日本の学術は一気に活性化する。
いいことづくめである。
私学に来る学生はほとんどいなくなってしまうという点だけが悩みの種なのであるが、それくらいのことは日本の国難を救うためには甘受せねばなるまい。
(もう一つ難点があるのを忘れていた。子供のいない人たちの中に「オレたちの税金で他人の子供に教育を受けさせるなんてイヤだ」と言い出す人間がおそらく出てくるだろう。まことに狭量な考え方だが、こういうタイプの人間が国民の過半を占めるようになったときには、もはやどんな手を打っても国は滅びる他ないから、心配する必要もないのであるが)。
などと憎まれ口を書いていたら、『下流志向』がbk1のランキングで一位ですよ、というお知らせが届いた。1月30日と31日の二日連続のネット売り上げ第一位である。
講談社の岡本さんからも、「さっそく重版が決まりました」とヨロコビのメールが。
まだ広告もしてないのに(土曜日の新聞から広告が始まるらしい)重版がかかるというのは珍しいことである。
こ、これはもしかすると・・・
と書いたらすぐに岡本さんからメールが来て、「三刷りが決まりました」とのこと。
これで累計20000部。
おお、10万部も指呼の間か。
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(2007-02-01 11:03)