不適格教員からひとこと

2006-10-22 dimanche

行政は学校のことを放っておいて欲しいと書いたら、その日の毎日新聞の夕刊の一面に「教授、研修して下さい」と大書してあった。
どうも放っておいてはくれないようである。
「文部科学省は大学・短大教員の講義のレベルアップのために、全大学へ教員への研修を義務づける方針を固めた。早ければ08年度4月にも義務化する。研究中心と言われる日本の大学で、学生への教育にも力点を置く必要があると判断したもので、『大学全入時代』を迎え、学生の質の低下を懸念する経済界からの要請も背後にある。具体的な研修内容は今後、中央教育審議会で検討する。」
読んでいるうちに頭がくらくらしてきた。
研修導入の根拠の第一には「企業で戦力として使える人材となるように教育してほしい」という財界の要請を挙げられている。
あのですね。それはちょっと無理があると思うわけですね。
大学の教師のかなりは彼ら彼女ら自身が「企業として戦力として使えない人材」である。
その社会的不適応性ゆえに、大学という「逃れの街」を選んで、そこに逼塞しているという切ない事情だってあるわけである。
そういう方々にいきなり「経済界の要請に応えてほしい」と言われても無理な話である。
当然、研修内容は「従順で、専門能力が高く、現行の統治形態に十全の満足を覚えており、資本主義のさらなる発展に寄与し、雇用調整でクビにしてもにこにこ笑ってくれるような企業にとって好都合な学生を育てる教育はいかにあるべきか」というものになるほかないが、繰り返し申し上げているように、このような研修内容をすらすらと理解して、ただちに行政の指導に従って、おのれの教育理念や教育方法を「改善」してくれるような現実感覚の持ち主であれば、おそらく大学の教師はしていないであろう。
中教審が研修を義務化して、全国17万4千人の大学短大教員をスクリーニングした場合、控えめに見て、50%は「教師不適格」と診断されるであろう。
というより、そうでなければ困る。
90%が適格診断されるような研修であれば、はなからやる意味がない。
なぜなら、どの大学にも「(企業どころか大学においてでさえ)戦力としてまったく使い物にならない教師」が10%はおり、誰がその10%であるかを同僚たちはあらためてご教示いただかなくても熟知しているからである。
であるから、もくろみ通りの研修が行われた場合、かりに「不適格教師として最低50%程度をリストアップすること」が義務化された場合、私などは高い確率で「教師不適格」の烙印を押されることになると予測される。
なにしろ、研修期間中に文部科学省の教育政策を批判し、講師を罵倒し、研修生を煽動して、研修機関から逃亡・・・というような不行跡を重ねることは目に見えているからであるし、第一、今こんな文章を書いているということ自体すでに「大学教師不適格」の動かすことのできぬ証拠であると言わねばならない。
だが、私の適格性についての決定権を誰が持つことができるかについてはひとこと条件を付けておきたい。
とりあえず、文部科学省の役人方が適否の決定権を持つことはご遠慮願いたい。
なにしろ、彼らは過去35年間教育行政に継続的に失敗してきており、その結果としての現在「教育崩壊」といわれる事態を招来しているわけである。
合理的に考えて、彼らの下す教育行政についての施策が「今回も間違いである」ことは「今回に限って正しい」ことよりも蓋然性が高い。
彼らが教育施策において高い確率で正しい判断を下しているということを証明するためには、「文部科学省の正しい指導のおかげで日本の学校教育は各所ですばらしい成果を挙げている」という実例を示すしかないが、もしも「文部科学省の正しい指導のおかげで日本の学校教育は各所ですばらしい成果を挙げている」というのが事実であるとすれば、「教育再生」やら「教育改革」はもとより無用のことである。
私自身はひさしく本学の FD 委員長であり、学内の反対を押し切って教員の教育活動評価を導入した張本人である。
私が導入を強行したのは、「行政に法律で強制される前に、教育活動の活性化の道筋を自分たちで進めることが必要だ」と思ったからである。
そのことは会議のたびに何度も申し上げた。
教育目的について、教員の適性について大学教員同士が進んで議論し、本学なりのプリンシプルを立てることを急いだのは、「こういう事態」になることを恐れていたからである。
「お願いだから、うちの大学のことは放っておいてくれ」
私はそう言う権利を確保するために、教員評価制度を導入し、教員の適性評価についての本学なりの基準を立てることに固執したのである。
だから、この際あらためて言わせていただく。
お願いだから学校のことは放っておいて欲しい。
あなたがたが口を出すたびに、そのつど事態は悪化しているのである。
そろそろその歴史的経験から学習してはくれないだろうか。
--------