謎の沈黙交易品

2006-06-30 vendredi

三宅先生のところで治療をしていただきながら世間話をしていたら、横で話を聴いているらしい次の患者がくすくす笑っている。
どうしてこんなインサイドストーリーがおもしろいのであろうと不審に思って起きあがると、青い顔をした栄養状態の悪そうな青年であった。
なんだIT秘書だったのか。
今日は越後屋さんと画伯の共催で「亀寿司中店で中トロを食べ尽くす会」というのがあるようだが、キミは行くのかね。
家賃と保険料と税金で洗いざらい持って行かれたので鮨なんか食べている経済的余裕はボクにはありませんと秘書は悲しげな顔を向けた。
そうか。でも、ご飯にフリカケだけというような食生活は改めるようにね。
たまには鰻でも食べなさい。
先生は行かれるんですか。
ボクは今日E阪歯科でインプラントの治療があるんだ。もし、先生に「今日はあまり歯を使わないように。それからお酒はダメですよ」と言われたらあきらめるけどね。
三宅先生が大きな目をぎょろりと剥いて「ダメですよお寿司なんか食べにいっちゃ」と断定する。
三宅先生は自分のいないところで患者が美味しいものを食べるという話を耳にすると「それは食べない方がいいです」という方向に話題をもってゆこうとする傾向があるように私には思われるのだが、私ひとりの錯覚であることを祈りたい。

家に戻ると、講談社チームが取材に来る。
『セオリー』というMOOKの新シリーズのための取材である。
お題は「サービス」。
私はほとんど外食をしないし、外泊するのも学士会館と野沢温泉さかや旅館だけであるので、日本のサービス業のクオリティや趨向性についてコメントできる立場にないのであるが、「知らないことについても意見を述べる」ことについてとくにご遠慮申し上げる立場にもないので、サービスを最大限享受する方法について私見を述べる。
食事であれ、旅行であれ、サービスを享受する最良の方法は「ごっつぁんです」である。
サービスを受ける側には「権力的非対称性」があること(平たく言えば、「タニマチ」がいること)がサービスを100%享受する上でベストの条件である。
残念なことに、今では池上先生と三宅先生と兄上だけが私にとっての絶滅危惧種タニマチとして残存するばかりである。
理路の詳細は割愛。

講談社のあとはE阪歯科。
1時間15分の長治療なので、歯をがりがり削られながらぐっすり昼寝をしてしまう。
歯を削られながら昼寝をするためには、医師に対する全幅の信頼がなくてはならない。
いったい何の治療をしているのかよくわからない。
はい終わりましたと言われたので、先生今日は何をしたんですかとお訊ねする。
どうも「仮歯」というものを採寸して、それをどうにかしたらしい。
インプラントの扶植はまだ先のことのようである。
今晩ご飯食べてもいいですかとお訊ねすると、いいですよというお答え。
おお、亀寿司に行ける。
家にもどって一仕事。
『ミッション・インポシブル3』の映画評をさらさらと書く。
書き上げて送稿してから亀寿司へでかける。
ゆくと越後屋さん、ホリノさん、そしてヤベッチとクーと一緒に秘書がいる。
キミはさきほど三宅接骨院の待合室で「ボクにはお寿司なんか食べるお金はないんです」と言ったばかりではないか。
「タニマチ」がいるときはサービスを受ける側にいるのがカンファタブルという講談社チーム相手の私の演説をテレパシーで受信したのであろうか。
どんどん人がやってくる。
数えたら亀寿司の二階に21人。
なんだか満員電車に乗って、つり革にぶらさがっているもの同士で献酬しつつ宴会をしているような感じである。

朝起きると越前は善久寺のカドワキ老師から郵便が届いている。
封を切ると、「沈黙交易品」とだけ書いたポストイットだけが貼ってあるCDが出てきた。
CDに収録されていたのは、Up on the roof の5ヴァージョン(キャロル・キングがひとつ、ジェームス・テイラーが二つ、キング&テイラーの『カーネギーホール・コンサート』のデュエット、そしてドリフターズ・ヴァージョン)。
ど、どうして・・・わかったのか?
というのはiPodを購入してすぐに『カーネギーホール』のCKとJTのデュエット・ヴァージョンをダウンロードしようとして Music Store を探索したのであるが、キャロル・キングの曲はほとんど売ってなかったので、ちょっとがっかりしたところだったのである。
なぜカドワキ老師はキャロル・キングの Up on the roof が(Crying in the rain と並んで)私の「キャロル・キング的フェバリット・ソング」のひとつであり、その音源をiPodに入れるべくじたばたしていたことをご存じだったのであろうか。
どうも学僧たちの法力的千里眼は凡人の想像のよく及ぶところではないもののようである。
当然、これには私の方からも何らかの沈黙交易品をお返ししなければならないのであるが、さて、老師のお好みは何なのであろう。
おお、そうだ「いいもの」を思いついた。
これはさすがの老師も贈与品が何を意味するのかわからずに困惑されるはずである。
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