これでよいのか日本は?

2006-05-13 samedi

敬愛する先輩であると同時に合気道のお弟子さまでもある松田高志先生が兵庫県の教育功労賞を受賞された、その祝賀パーティで飯先生や飯田先生とわいわいおしゃべりをして家に帰ってきたら、郵便ポストにぎっしり封筒が詰まっていた。
うち二通が「著作物複製許諾書」。
だいたい週に二通平均くらいで同趣旨のものが来る。
受験の問題に使われたテクストを「過去問集」に採録するときに「複製してもいいですか」と著作権者にお訊ねに来るのである。
ご丁寧なことである。
複製に際して2000円くらいの使用料が振り込まれる。
どこかの雑誌に書いて原稿料を頂き、そのあと単行本に収録して印税を頂き、そのあと試験問題に使ってもらって使用料を頂く・・・そこまでひとつのテクストから収奪してよいのであろうか。
喩えて言えば「里子に出した子どもから細々と仕送りが届く」ような気分である。
なんとなく疚しい気分になる。

某大手予備校の先生から「2006年度大学受験出題頻出者ランキング」を教えて頂く。
今年度の大学受験で誰の文章がいくつの大学の入試問題に使われたのか、そういうことも予備校はちゃんとリサーチされるのである。
昨年度はチャート初登場10位であったが、今年度は6位。
ちなみにベスト5は

一位は・上田紀行
二位・茂木健一郎(おお、茂木さんだ)
三位・鷲田清一(おお、鷲田さんだ)
四位・山崎正和、夏目漱石
五位・正高信男、斎藤孝(おお、齋藤さんだ)

そして同率六位が養老孟司(おお、養老先生だ)、柏木博、河合隼雄、そして私。
「おお」がついているのは、私がこの一年の間に対談した方である。
メディアが対談の組み合わせを考える場合と大学入試の出題委員が出題文を考える場合のあいだには正の相関があることがここから知れるのである。
しかし予備校はあまりリサーチされていないようであるが、実は私の文は大学じゃなくて、中学受験・高校受験の方にたくさんご利用頂いているのである。
出題されたのは去年まではほとんどが『寝な構』からであったが、今年は半分ほど『先生はえらい』からの出題。
中学高校の先生たちはあれを読んでくださっていたのである。
今年の灘の高校受験には『死と身体』が使われていた。
問題を読んだが、むずかしかった・・・(私の文章もよく意味わかんなかったし)
ポストにはもう一つ本の包みが入っていた。
ひらいてみると、これが教科書。
『探求 国語総合(現代文・表現編)』(桐原書店)
高校の国語教科書に『寝ながら学べる構造主義』の中でミシェル・フーコーについて書いた部分が採録されたのである。
高校の国語の教科書で「山下達郎」とか「ジョン。・レノン」とかいう単語を見ると、ちょっとびっくりしますね。
たしかに時代は変わった。
私が高校生のときの国語の教科書で読んだのは唐木順三と亀井勝一郎であったが・・・
いまにして思えば、そういうおじさんたちが50代くらいに書いた文章を読んでいたわけである。
彼我の成熟の差を思うと頭がくらくらする。
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