老師たちからのお年玉

2006-01-01 dimanche

新年あけましておめでとうございます。
西暦2006年、平成18年、戦後61年。私は9月に56歳となる。
人生の「秋」がしだいに深まってゆく。
「初雪」が来る前には浮世の勧工場の出店を畳んで、甲南山麓にささやかな道場を建て、晴耕雨読の隠遁生活の準備を始めたい。
とりあえず2011年年度末を以て世俗のお仕事からはリタイヤする予定であるから、年期が明けるまであと5年のおつとめである。
この「カウントダウン方式」というのは私が好んで採用するところのものであるが、たいへん使い勝手のよいものである。
「カウントダウン」というのは、先取りされた「終わった時点」から「想像的に回顧された過去」として「現在」を見るということである。
わかりにくい書き方ですまない。
例えば、私は「リタイヤ」を2011年3月末日に設定している。そのとき私は60歳である。
「カウントダウン」というのはこの「60歳になった私」が「思い起こせば、2006年のお正月のブログ日記に、そういえばあんな気楽なことを書きつけていていたな・・・ははは、そのときはいっぱし先が見えたつもりでいたが、そのあと、『あんなこと』や『こんなこと』が我が身に起ころうとは、いやはや、神ならぬ身の知る由もなし。まったく思いもせなんだわ」というような想像的な語法で「今」を思い出すということである。
私たちは未来について考えるときにどうしても「現在」という固定的な視座に腰を据えて、そこから「未だ来たらざるもの」を推量しようとする。
「未来」というのは定義上、「何が起こるかわからない」ものである。
そのことは理屈ではわかっている。
けれども、「現在」に腰を据えていると、「できることなら、我が身には可能な限り『わけのわかったこと』だけが選択的に起こってほしいものだ」という無意識の欲望の浸潤を防ぐことができない。
この無意識の欲望はかならずや「まさか、『こんなこと』が起こるとは思わなかった」ことの到来の予兆を過小評価するように私を導く。
現在の視座に腰を据えている限り、私たちはすでに起こったこと、すでに知っていること、すでに経験したことを量的に延長することでしか「未来」を考想することができない。
だが、未来は決して「現在の延長」ではない。
そのことは骨身にしみてわかっているはずなのに、私たちはそのつど未来を「現在を量的に延長したもの」として把持しようと空しく努力する。
レヴィナス老師は『時間と他者』にこう書いている。
すでに何度も引用した箇所であるが、「哲学的お年玉」と思って拳拳服膺して頂きたい。

「未来の外在性は、未来がまったく不意打ち的に訪れるものであるという事実によって、まさしく空間的外在性とは全面的に異なったものである。(…) 未来の先取り、未来の投映は、未来というかたちをとった現在にすぎず、真正の未来ではない。未来とは、捉えられないもの、われわれに不意に襲いかかり、われわれを捉えるものなのである。未来とは他者なのだ。」(原田佳彦訳、法政大学出版局、1986年、67頁)

美しいことばである。
「未来とは他者なのだ」
私が採用している「カウントダウン方式」というのは、他者に応接するときのもっともプリミティヴなやり方である。
それは太古の人々が鬼神を敬う儀礼において、鬼神の「仮面」をかぶって、その所作を演じて、「人間ども」をいたぶり、救い、迷わせ、導いてみせたのと同じことである。
「他者のふりをして、現在の私を見つめる」
「カウントダウン」というのは、そのことである。
所詮は、「私」が演じる「他者」であるから、これが真正の他者であるはずがない。
それは能楽で鬼神を演じるシテ方が、真正の鬼神ではないのと同断である。
しかし、それ以外に他者を世俗の人事に介入させる方法がないときは、「嘘も方便」ということがある。
俳優たちが古来より特異な身分に置かれ、世俗と異界の「グレーゾーン」にすみかを定められていたのは故なきことではない。
私たちが「他者からの声」を聴き取るためには、そのような技術的な迂回をするほかなかったからである。
私が採用している「カウントダウン」方式というのは、それに類するものである。
いわば「ひとり二人羽織」のようなものである。
あるいは「自分の『ものまね』芸のものまねをするものまね芸人」のようなものである。
不思議な芸であるが、その芸を見ているのは当の自分なのであるから、それでよいのである。
そのような芸がどのような効果をもたらすか、想像すればわかる。
「オレって、いったい誰なんだ・・・」
という深甚なるアイデンティティ・クライシスに襲われる、ということである。
そのときに、さらに内省的な精神は「『オレって、いったい誰なんだ・・・』という問いを発しているこの『オレ』って、いったい誰なんだ・・・」という問いに取り憑かれる(以下同文)。
『ちびくろサンボ』の虎たちのように、自分のしっぽを追いかけ始めた虎たちは、やがて「バター」になってしまう。
「虎がバターになる」というのが、この「『オレ』って誰?」という終わりなき問いの手柄である。
この種の内省は、ある閾値を超えると、「虎」が「バター」になるように、質的転換を果たす。
「ま、そんなこと考えても埒があかないから、もういいや、ラーメンでも食おう」
という日常的なリアリティへの帰還の必然的であることを導出するために、ここまで手間ひまをかけて哲学的内省はなされてきたのである。
古来この「日常への帰還」の肝要であることを多くの哲学者が力説してきたが、残念ながら、これをまじめに受け取る読者の数は決して多くない。
私が先賢に代わってきっぱり申し上げるが、終わりなき哲学的考究に哲学者たちが勤しんできたのは、「もういいや、ラーメンでも食おう」というひとことに千鈞の重みを与えるためなのである。
『方法序説』にデカルトはこう書いている。

「自分の住む家の建て直しをはじめるに先だっては、それをこわしたり、建築材料や建築家の手配をしたり自分で建築術を学んだり、そのうえもう注意深く設計図が引いてあったりする、というだけでは十分でなく、建築にかかっている間も不自由なく住めるほかの家を用意しなければならないのと同様に、理性が私に対して判断において非決定であれと命ずる間も、私の行動においては非決定の状態にとどまるようなことをなくすため、そしてすでにそのときからやはりできるかぎり幸福に生きうるために、私は暫定的にある道徳の規則を自分のために定めた。」(野田又夫訳、中公世界の名著22,1967年、180頁)

さすがデカルト、言うことに間然するところがない。
哲学的考究とは、いわば「自分の住む家の建て直し」をすることである。
「自分の家」とは階級意識でも、形而上学的臆断でも、民族誌的偏見でも、父権制的イデオロギーでも、なんでもよろしい。とにかく、「自分がそこに棲みついている」ところの「ドクサ」のことである。
それをいったん解体して、土台やら構造やら材質やらを点検しないことには哲学は始まらない。
だが、そうやって「自分の家」を壊してしまうと住むところがなくなる。
どうしたって、「建築にかかっている間も不自由なく住めるほかの家」がなくてはすまされない。
それが私のいうところの「とりあえずラーメンでも食うか」である。
デカルトの「ラーメン」はつぎのようなものである。

「第一の格率は、私の国の法律と習慣とに服従し、神の恩寵により幼児から教え込まれた宗教をしっかりともちつづけ、ほかのすべてのことでは、私が共に生きてゆかねばならぬ人々のうちの最も分別のある人々が、普通に実生活においてとっているところの、最も穏健な、極端からは遠い意見に従って、自分を導く、ということであった。」(同書、180-181頁)

これがデカルトの「バター=ラーメン=仮住まい」である。
レヴィナスの「未来は他者である」とデカルトの「最も穏健な意見に従って自分を導く」は、人間について語られた最も深遠な省察のことばのひとつであると私は思っている。
話を「カウントダウン」に戻す。
「ははは、2006年の正月にはずいぶん気楽なことを考えていたものじゃ」という「想像的に先取りされた60歳のウチダ」の視座は「未来の他者性」をなんとか現在に繰り込むための「方便」であるが、それがもたらす現実的効果はたいへんリアルなものである。
それは、「ああ、お正月って、いいなあ。外は静かだし、暖かいし、朝酒のんでも、誰からも文句言われないし。さて、年賀状でも取りに行くか・・・」というこの「判で押したような正月風景」の「かけがえのなさ」が痛切に、涙がでるほどありがたく身に沁みるということなのである。
皆様どうぞよい一年を。
--------