la nuit violente en France

2005-11-07 lundi

フランスで移民系の若者たちによる暴動が27日から続いている。
5日夜から6日未明にかけてフランス全土で1300台の車両が燃やされ、パリでも3区、17区で十台ほど自動車が燃やされた。
パリ西郊のエヴルー市ではショッピングモールが襲われ、覆面をした若者たちと警官隊の間で乱闘があり、負傷者が出た。
もっと詳しいことを調べようと『リベラシオン』を読んでみたが、政府もまだ事態をじゅうぶんには把握していないようであるし、警察による実力行使以外にはとりあえず打つ手がないようである。
日頃は対立関係にあるヴィルパン首相(日本の新聞は「ドビルパン」と表記しているが、フランスの新聞ではVillepin)とサルコジ内相も二人三脚で国内情勢の沈静化に必死ある。
『リベラシオン』にはマクドナルドに工事車両が突っ込んで店舗が破壊されたという記事も出ていた。
いつこういうことが起きてもおかしくないくらいにフランスの移民の若者たちのフラストレーションは鬱積していた。
6000万人のフランス人口のうち500万人がイスラム系移民とその子孫たちである。
その多くは北アフリカから移民してきた。
彼らがフランスに何を求めて来たのか、私は知らない。
就業機会を求めたのか、市民的自由を求めたのか、ヨーロッパ文化に浴すことを求めたのか、あるいはまったく何も求めず、絶望的な気分のままやってきたのか。
いずれにせよ、来てみたらあまり「いいこと」はなかった。
フランスは階層社会である。
階層社会でも、階層格差を表示する指標として重視されるものはいろいろある。
例えば、アメリカではそれは「年収」である。
「貧しいけれど教養はある」人間と、「教養はないけれど金はある」人間とでは、後者の方が社会的利得に浴する機会が多い。
フランスの階層格差の識別指標は「金」ではない。
もちろん「金」も重要な差異化の指標だけれど、それ以上にヨーロッパでは「文化資本」と「家柄」が階層間の「壁」を構築している。
むしろ、「文化資本」と「家柄」によって構築された「強者たちのネットワーク」が権力、情報、財貨の占有を可能にしていると言った方がよいだろう。
スタートラインにおいて「社会的弱者」に類別された者がフランスで社会的に上昇する方法は基本的には三つあり、たぶんこの三つしかない。

(1)「一代目」がまず金を儲ける。「二代目」に高等教育を受けさせる。「三代目」が豊かな財貨と潤沢な文化資本に恵まれて育ち、婚姻関係によって「上流階級」に仲間入りする。
(2)死ぬほど勉強してグランゼコール(エリート養成校)に入り、権力のイデオロギーを100%内面化した「出世主義者」になる(あるいは「なったふりをする」)。
(3)俳優か歌手かサッカー選手か作家になる。

(3)以外の選択肢がイスラム系の移民にとって郊外の団地(HLM habitation à loyer modéré 低家賃住宅)から逃れ出るためにはたいへんに高いハードルである理由は、それがフランス社会が「価値あり」とするものに同意署名することを要求しているからである。
19世紀末に東欧やロシアから流入してきたユダヤ系の移民たちは、この問題にそれほどは苦しまなかった。
ユダヤ人たち自身がフランス革命によって被差別状態から解放され、市民権を賦与された「革命の受益者」だっただからだ。
だから、ユダヤ系移民からはブランシュヴィックやプルーストやアロンやレヴィ=ストロースやレヴィナスのようなフランス文化の「精華」が続々と生まれた。
イスラム系の移民たちの場合には19世紀のユダヤ人のようなかたちでの「同化」を期待することはできないだろう。
フランスから特に受益した記憶がないからである。
アフリカ植民地にいた時代については、宗主国民に搾取され弾圧された記憶が、移民として移住してきたフランスでの生活については、フランス人に差別され収奪された記憶しか残っていない。
加えて、マイナスの条件がもうひとつある。
彼らに先行して「同化」の努力に孜々として勤しんで、それなりの国民的貢献を果たしたユダヤ系フランス人たちを、当のフランス人たちが獣を追い立てるような仕方で悪魔島やアウシュヴィッツへ送り込んだことを誰も忘れていないということである。
フランスは移民の受け容れにおいて過去に取り返しのつかない重大な失敗を二度も犯した(ドレフュス事件とヴィシー政府のユダヤ人狩り)。
フランスの国是に衷心から同意した移民でさえ「あんな目」に遭ったという歴史的経験は「ホロコースト」以降の移民たちにヨーロッパの国々への「同化」の意欲をつよく損なってきただろうと私は思っている。
フランスでは「同化」しない限り、社会的上昇のチャンスはほとんどない(「同化」してもチャンスは少ないが)。
そして、「同化」を促進するようなモラル・サポートはフランス社会の側にも移民たちの側にもほとんど、ない。
結果的に若いイスラム系の移民たちは、フランス人の提示するロールモデルに従って自己改造する意思を持たず、むしろ彼らが見たことも触れたこともない(その言語さえもう話すことができない)アフリカの民族的伝統や価値観に固執することでかろうじてプライドを維持しようとしてする。
このようなエスニック・アイデンティティの維持がもしかなりの程度有効であったならば、今回のような暴動は起きなかっただろうと私は思う。
ここまで問題が深刻化したということは、「フランス社会への同化」に対抗して立てられた「エスニック・アイデンティティ護持」という移民側の「自前のポリティックス」がもう実効性を持っていないことがあきらかになったということを意味している。
イスラムの信仰を守り、イスラムの習俗を堅持し、フランス的価値観を峻拒し、植民地主義的収奪の弱者として宗主国の倫理的責任を糾弾し続けてフランス社会内部にとげのようにささった「異族」としてあえて告発者の立ち位置を維持するという「告発のポリティクス」。
それは論理的には整合的である。
けれども、「異族」の若者たちはそれによってあまり幸福にはなれなかった。
正しいけれども、その信奉者たちをあまり幸福にしない社会理論というものは存在する。
「告発のポリティクス」はそのような社会理論のひとつである。
もし、その移民集団にすぐれた政治指導者がおり、自律的な社会制度をもち、宗教教育の機会や民族文化の深化発展の場が確保されており、大規模な「民族系マーケット」や「民族系資本」や「民族系ビジネス」のチャンスがあったならば、集団的な孤立は彼らの状況をそれほど絶望的なものにはしなかっただろう。
けれども、フランスのイスラム系移民社会は現在そのような自律的な「国の中の国」を構成してはいない。
移民たちの側にそのようなものを構成する気があったとしても、フランス政府はそのようなことを決して許さないだろう。
けれども500万人というのは、ノルウェーやデンマークの人口よりも多いのである。
ほとんど「一国」規模の集団なのである。
その人々が移民した先の国に同化することを禁じられ、民族集団として自律的に立ち上がることも禁じられているという「出口なし」の状況に集団的に追い込まれている。
どういう効果的な解決法があるのか。
私には想像がつかない。
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