めぐみ会からの招待

2005-09-28 mercredi

めぐみ会京都支部の秋の例会にお招き頂き、一席講じる。
「めぐみ会」というのは本学の同窓会である。
その会員たちのアクティヴィティの高さ、組織的結束力、母校への愛の深さはおそらく他に類例を見ないものと申し上げてよろしいかと思う。
そのめぐみ会京都支部の革島支部長から講演依頼を頂いたのは半年ほど前のことである。
「めぐみ会からの講演依頼」を断ることのできる本学教員はいない。
三日ほど前から酒を断って(うそ)、斎戒沐浴、きりりとアルマーニのスーツにアルマーニのネクタイを締めて、革靴をぴかぴか磨き上げて、京都のブライトンホテルまででかける。
会場には同窓会の錚々たるOGのみなさまがすでに集っておられる。
「ウチダ先生は昭和25年のお生まれ? じゃ、うちの婿とごいっしょね」というような圧倒的な貫禄の差に恐縮しつつ、型どおり賛美歌を歌い、祈りを捧げてから90分一本勝負の講演。
お題は「学びからの逃走、労働からの逃走」(夏のトップ・マネジメント・カフェのセミナーのときと同タイトル)。
大学淘汰の現状報告から始まって、教育危機、ポスト・フェミニズム、晩婚未婚問題、少子化、訴訟社会、他責的な人々、ニートとフリーター、「商取引」タームで語られる教育と労働・・・と日本の危機的現状の構造についてリアルかつクールな分析を加える。
たいへんにコミュニケーション感度の高いオーディエンスだったので、こちらのひとことひとことで座がさっと緊張したり、ふっと緩んだり、さざなみのように微笑がひろがり・・・とレスポンスが早い。
ついついドライブがかかって、こちらもいつもより1.2倍くらいの速度で舌がくるくる回ってしまった。
最後に「それでも(というか、それゆえにこそ)神戸女学院は不滅です」と獅子吼して締める。
身内なんだから、これくらいのアオリは許容範囲であろう。
家庭崩壊、教育危機などを論じた本論部においては一様に暗い顔をされていたみなさんも、結論部についてはほぼにっこりとご満足のようであった。
講演後、会食。
終戦直後の女学院寮生活とか、デフォレスト先生の思い出とか、こういう場でしか聞くことのできない貴重なお話を大先輩の会員の方々から伺う。
デザートのあたりで再びマイクが回ってきて、コーヒーを飲みながら質疑応答。
ビールをちょっと飲んだせいで地金が出てしまい、「岡田山に住んでいると、毛穴が開く」というような失言を重ねてしまうが、みなさん大人なので、笑って許してくださった(と思う、たぶん)。
帰りがけに会員のみなさんから「たいへんな時代ですけれど、がんばって女学院を支えて下さいね」と口々に激励される。
この敬虔でかつちょっぴりクリスプな阪神間ガールのエートス領する同窓会こそまさしく本学の「インビジブル・アセット」なのである。
革島さまはじめ京都支部のみなさん、どうもありがとうございました。
そういえば、今日も男性は私ひとりで、あとはすべて女性という性的に非対称的な場であった。
先般の香川大学付属病院のときもそれに近い状況であったけれど、どうやら私はこのような「世之介状態」においてたいへん知的パフォーマンスが上がる人間らしい。
思えば、小学生のときから、気が付くとまわりはみんな女の子で私ひとり男子で遊んでいるという局面が多かったが、三つ子の魂は百まで変わらないのである。

今日の体重 75.4キロ(ぜんぜん減らないじゃないか・・・)
--------