エンドレス・ワーク・サマー

2005-09-07 mercredi

文藝春秋さまご一行が来阪される。
『文學界』の「私家版ユダヤ文化論」連載終了打ち上げと、その新書化の打ち合わせと、「山ちゃん本」の督促と、『寝な構』15刷り累計5万8千部(ちょっと切れの悪い数字ですけど)祝いである。
台風が九州に来ているので梅田の街も蒸し蒸ししている。
「あげさんすい」にてシャンペンで乾杯ののち、ぱくぱくと天ぷらを食しつつ、アメリカの災害報道について、日本人の潜在的反米感情について、靖国問題について、アジア戦略の今後について、南北朝鮮の統一プロセスについて、中国のガバナビリティについてなどなど、ホットな話題で盛り上がる。
グランヴィアのバーに河岸を変えて、さらにバーボンなどいただきつつ、現代日本人の家庭生活およびラブライフについて考察を深める。
みなさんたいへんコミュニケーション感度のよい方ばかりなので、話の展開が早い。
途中で江さんから電話がかかり、M日新聞の編集局長と飲んでいるのだけれど、その人が日比谷の同期ではないかということでお電話で紹介される。
I藤さんという方でラグビー部におられたそうだが、私も先方も記憶にない。
私は高校には実質1年間しか通っていなので、同期450人でも顔を見知っているのは同級生以外には一緒に麻雀をしたボンクラ高校生のみなさんしかいない。
大学も一緒なのであるが、なにしろ35年も前の話であるので、共通の友人の名前を思い出そうとしても、その名前自体が思い出せないのである。とほほ。
「山ちゃん本」は九月末締め切りだそうだが、それは『アメリカ論』と5週間インターバルをあけての発売ということをNTTのM島くんと決めたためらしい(聞いていないぜ)。
『アメリカ論』だってまだ終わってないし、9月末締め切りの原稿がまだいくつも残っており、20日からは大学も始まってしまう。
とてもじゃないけど、9月末なんて無理ですと申し上げる。
いくら無理だと言っても「無理だという方が無理です」「書けない本は出せないでしょう」「それを書いていただきたいと申し上げているわけで」とさっぱり埒があかない。
最後はだんだん哀しそうな顔になってきたので、気の毒になってくる。
朝起きてしかたがないので、『アメリカ論』の残り400頁を一気に校正する。
身じろぎもしないで校正していたら、肩がばりばりに凝って、凝りすぎてとうとう吐き気がしてきた。
それでもばりばり直して、全文終了。
このまま送稿してもよいのだが、まだ第一章の「切れ」が悪いので、これは明日もう一度書き直すことにする。
昔のように手書きでやっていたら、とうに過労死している作業量であるけれど、パソコンというもので書いているので、こういうことも可能なのである。
それにしても、一仕事終わったはずだが、何の達成感も何の満足感もない。
「一つ仕事終わる」ということはそのまま「一つ仕事が始まる」ということであり、その間に「インターバル」というものが存在しないからである。
昔は一冊本を仕上げると手の舞い足の踏む処を知らずといった調子でひとりでにこにこ祝杯を挙げたものであるが、今日この頃は本を書き上げても特段の喜びもない。
まあそうだろう。
年間10冊本を出そうというのだから。
毎月給料日になるたびにはね回って喜ぶサラリーマンがいないのと同じである。
どうしてこんなに大量に本を書かなければいけないのか、その理由がいまだにわからない。
どうして年二冊くらいではいけないのであろうか。
毎年二冊だって、けっこうすごいことだよ。半年ごとに本出すというのは。
10冊って、異常でしょ?
でもほんとに10冊なの。
『先生はえらい』『14歳の子供を持つ親たちへ』『インターネット持仏堂1,2』『身体の言い分』『健全な肉体に狂気は宿る』で6冊。
このあと『街場のアメリカ論』、『山ちゃん本(「知に働けば蔵が建つ」)』『角川本』『私家版ユダヤ文化論』で4冊。
これだけ書くと、自分の書いたものを読み返すのにも飽きてきた。
ねえ、もう止めませんか?
本出すの。
まじで。
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