やってはいけないことをやってしまった。
ダブル・ブッキングである。
それも一年も前から約束していた講演のダブル・ブッキング。
理由はシンプルで、一年前に日時を約束したときに、ダイヤリーの一日後の日の欄に「講演」と書き込んでしまったからである。
だから本来講演がある日のダイヤリーはずっと空欄になっていたのである。ところが、一月ほど前に「講演」の依頼があって、「二日続きはたいへんだな」と思いながら、会場が近場だったし1時間だけのことだから・・・と、その空欄を埋めてしまったのである。
昨日になってメールで最終的な日程の打ち合わせをしていて気が付いた。
メールの標題がダイヤリーの記載と違うので、電話で「メールの標題は一日違ってますよね?」と気楽に問い合わせたら、先方は「いえ、一年前からこの日です」ときっぱりお答えになる。
真っ青になって一年前の受信トレイをひっくり返したら、ちゃんと「9月8日にお願いします」と書いてあった。
やってもうた。
さあ、どうしよう・・・
もうどちらの講演も会場の手配も案内もぜんぶ終わっている。
講演開始もまったく同時刻。
しかし、電話口の香川大学付属病院副看護部長のモリオカ先生は少しも騒がず、「では9日に変更できるかどうか会場の方を確認してみます。少しお待ち下さい」と静かに話し終え、しばらくして「会場取れましたので先生の予定通り9日にお越し下さい」という連絡が入った。
「そのとき義経少しも騒がず」というが、ウチダはパニックになってしどろもどろになっていたのに、さすがに人の生き死にの現場に立つナースの統括者である。声も乱さず、怒りも失望も叱責のようすも見せずに、一秒後には「次の手」にシフトしていた。
そういうものなのである。
池上先生がお書きになっているように、船が座礁したときには、「どうしてこんなことになったんだ」とか「誰のせいだ」と言うようなことを言っても仕方がない。とりあえず、今何ができるかを考える。それがシーメンである。
おそらくナースも同じことを訓練されているのであろう。
患者の容態が急変したときに、「どうしてここまで放っておいた」とか「誰が責任者だ」とか議論してもはじまらない。まず蘇生のための手を探す。
そういうプラグマティックな発想の切り替えができる方たちなのである。
もちろん「誰が悪い」のだと言っても始まらないというようなことを「悪いのは私」には言う権利がない。
ないのであるが、一般論としてはウチダの粗忽を責めるよりは代替案を考える方が前向きであるということにはみなさんもご同意頂けるかと思う。
どちらにせよ、150人の聴衆全員に日程変更を伝えることになった香川大学付属病院看護部のみなさまには死ぬまで足を向けて寝られないウチダなのである。
モリオカ先生ありがとうございました。ほんとうに深謝致します。
こうしてダブル・ブッキング問題がモリオカ先生の機敏なご英断によって瞬間的に解決した。
しかし、改めて思うに、こういう解決不能の難問を瞬間的に解決できるような方からお仕事のオッファーがいただけるというあたりにも微妙にウチダの「運の強さ」は伺えるのである。
ご縁パワー恐るべし。
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(2005-08-30 09:12)