郵政民営化についてはよくわからない

2005-08-11 jeudi

郵政民営化について、いろいろな人が書き込みをしている。
私はこの問題についてはまじめに新聞記事や解説書を読んだことがないので、郵政民営化の是非については、よくわからない。
よくわからないけれども、なんだかそれほど緊急性のある政治課題であるようには思われない。
ほんとうはすごく緊急性のある政治課題であるにもかかわらず、私には「そのようには見えない」だけなのかもしれない。
むしろ、その方が問題だ。
緊急な政治課題であるにもかかわらず、それがそのように見えないということはときどきある。
なぜその主題が「喫緊の解決を必要としているか」について、「ほんとうの理由」を誰も言わない場合にはそういうことが起こる。
官僚も政治家も、総じて統治者は「統治はこれまでのところうまくいっている」ということを前提にして推論を行う。
「統治はうまくいっていない」ということを公言すると、自分たちが責任をとらなければならないと思っているからである。
しかし、もちろん統治システムは経年的に劣化するから、いずれ各所で破綻をきたす(これは別に誰が悪いということではなく、システムというのは「そういうもの」である)。
そのときに「この辺がいかれましたので、新しいのに替えます」とすらっと言えて、それに対して「誰の責任だ!」とすごむような人がいなければ、何も問題は起こらない。
担当者がクールかつテクニカルに故障箇所を修繕するだけのことである。
だが、官僚は原理的にそういうことを言わない。
「新しいのに替えます」という結論は言うのだけれど、前段の「この辺がいかれましたから」ということは言わないのである。
システムが破綻したということを言うとその責任を取らされると思っているから。
だから、言わない。
結果的に、すべてはたいへんうまくいっていて、なんの問題もないのだが、「新しいのに替えます」という唐突な政策的提言がなされることになる。
私が直接接触する機会のある行政機構は文科省だけであるが、私の過去十年ほどの経験で言えば、文部科学省はほとんど100%「そういう」スタイルで押し通している。
教育行政は戦後さまざまな失敗を犯した。
人間がすることだから、私は失敗を責めない。
しかし、文部官僚は決して失敗を認めない。
「このへんがうまくゆきませんでしたので、このへんを直します」とは決して言わない。
いきなり、「このへんを直します」という結論「だけ」を告知してくるのである。
「システムそのものには何の問題もなく、すべて良好に推移しているのだが、このへんを直すと、『もっといいこと』が起こるので、やりましょう」という不思議な言い方をしてくるのである。
沈没しかけた船で、「なんだか膝まで水が来てますけど・・・」という不安げな乗客に向かって、「ではただいまからお客様対抗水くみ競争をやります! 水くみの一番早いのはどのチームかな? はは、楽しいですね!」とひきつった笑いを見せる船員に似ている。
船員たちは「なぜ水くみをしなければならないのか」の理由を決して明かさない。
けれども、乗客たちは言われるままに「水くみ競争」にけっこう本気で熱中したりするのである(泣)
郵政民営化を論じるときの難点は「致死的なシステム危機がある」ということ(いまの例で言えば「船が沈みつつあること」)についての理解が共有されていないことである。
「いますぐに民営化しないとたいへんなことになる」というリスク評価と「民営化なんかしたらたいへんなことになる」というリスク評価の間に共通のプラットホームがない。
ある船員は「もうじき沈む船に止まるのは自殺行為だ」といい、別の船員は「こんな丈夫な船を捨てて逃げるのは自殺行為だ」という。
どちらも自称「専門家」がそう言っている。
自称専門家たちの誰がいんちきで誰がほんものなのか、私たちにはテクニカルな判断基準がない。
専門家Aを「いんちき野郎だ」と判断している人は、その専門家Aから「いんちき野郎」と罵倒されている自称専門家Bの所見にしたがってそう言っているのであって、別にその人自身に大所高所の判断基準があってのことではない。
「目くそ」と「鼻くそ」の戦いにおいて、いずれの「くそ度」がより高いかという判断を現場で「くそ」まみれになっている人がすることはむずかしい。
みんなが熱くなっているときは、「バルコニーから大通りを見ている方がいい」と言ったのはレイモン・アロンである。
私も今回はアロン翁に賛成である。
この問題についての私の個人的印象は「情報がきちんと開示されて私のもとに届いてこない」というものである。
どこかにちゃんと情報が開示されていて、ただ私が個人的怠慢でそこまで調べにゆかないというだけなのかもしれない。
でも、「情報は法律に従って適切に開示されているのだけれども、アクセスしにくい」ということはある。
「職員へのヤミ給与の裁判資料ですか? もちろん公開してますよ。いちおう住民票と印鑑証明と実印ともってですね、隣の棟の地下倉庫探して下さい。1000坪くらいあってちょっとわかりにくいですけど、探せばどこかにありますから。あ、閲覧時間は一日15分ですから中にいて閉じこめられて餓死しないでくださいね!」
そういう場合はどこかで「情報開示すること」に対する規制が働いていると考える方がいい。
民主党は郵政を選挙の論点にしないらしい。
自民党の反対派も郵政を選挙の論点にはしたくないらしい。
郵政を選挙の主要論点にしたがっているのは小泉首相以下の自民党執行部だけのようであるが、彼らとて自らが責任を問われかねないシステム破綻の構造的な理由やそれが生じてきた歴史的文脈について言及する気はない。
誰もが問題の「病根」についてはできるだけ触れず、ただ「こうするとよくなります」という気の抜けたような政策提言以上のことをしていない。
「病根」についての言及がこれだけ組織的に忌避されるのだから、よほど根が腐っているのであろう。
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