象の日

2005-07-26 mardi

どこにもゆかなくてよい日、誰にも会わなくていい日がいちばんうれしい。
もちろん、そんな日が何日も続いたら、それはそれで退屈するかもしれないけれど、物書き仕事に深く入り込んでいるいるときには、電話はもちろん宅急便もクリーニング屋も新聞の集金も、集中を切る介入に対しては激しい怒りを自制することができない。
封書やメールなら仕事の切れ目に、コーヒー片手にチェックすることができるが、電話と訪問はこちらでコントロールできない。
とくに電話というものを好まない。
電話がかかってきたせいで、「たまっていた仕事が片づく」とか「懸案が解決する」ということはまずほとんどないからである。
むしろ、ほとんどの場合、「仕事が増え」、「考えなければならないことが増える」。
「あ、ウチダくん? あの君が困っていた仕事ね、あれオレがやっとくよ」
とか
「あ、ウチダくん? 君の悩みね、あれオレが解決しといたから、もう心配要らないよ」
ベルが鳴ったときに、そのような内容の電話である蓋然性はたいへん低い。
それでも電話でなければすまない用事というものもある。
その場合には、私が仕事をしていない時におかけになるとよろしいかと思う。
私はだいたい朝10時に机に向かい、断続的に午後8時までそれが続く。
この間には電話をされないほうがよい。
特に昼過ぎに昼寝をしているときに電話で起こされると、殺意を含んだ声で応答される可能性が高い。
午後8時過ぎも夕食中、夕食準備中は手が離せないので、「手が離せません」と切られる可能性が高い。
午後9時以降であれば、比較的上機嫌な声が聞けるが、それでも映画を見ている途中などであると、あまり機嫌はよくない。
午後11時半以降は、映画も見終わって、一日ではいちばんリラックスしているが、そのせいで電話で話した内容や、電話口で確約した約束などをまるっと失念される可能性が高い。
12時以降午前9時までは眠っているので、電話には出ない。
というわけで、電話は私相手のコミュニケーション手段としてはあまり便利なものとは思われないのである。
ではメールはというと、ジャンクメールが一日100通ほどくるので、機械的にスパムを削除しているうちに、用事のあるメールも削除してしまう可能性が高い。
通信手段としてはリスキーである。
手紙はどうかというと、毎日大量のDMが届き、それを郵便受けから取り出して、そのままマンション玄関にあるゴミ箱に捨てるので、DMの多い日に手紙が配達されると読まれずに捨てられる可能性が高い。
じゃあじかに会うしかないじゃないかと思われるであろうが、冒頭に書いたとおり、「誰にも会わないでよい日」こそが至福の時間であるので、それをスポイルされた場合に、にこやかな対応が期待されるはずもないのである。
というわけで総じて夏休みのあいだは「ウチダのことはほおっておく」というのがいちばんよろしいかと思います。
わが母によると、私は三歳くらいまでまったく口をきかず、ひたいに深いしわをよせて、部屋の隅で「ごみ」をおもちゃにして黙って日がな一日遊んでいたそうである。
兄ちゃんはおもちゃをたくさん所有していたが、弟にわかちあたえてともに愉しむというところまで思いおよばず(しかたないよね、子どもだから)、母に「あなたのオモチャをタツルにも貸してあげたら」と懇請されてようやく「空気の抜けた象の人形」を投げ与えた。
私はひたいにしわを寄せたまま(それでもちょっと幸せそうに)その薄汚れたゴム人形をずっと抱きしめていたそうである。
この原点的愉悦が私の中にビルトインされている。
私はひとりで部屋の隅で空気の抜けたゴム人形(「ごみ」でも可)をじっと抱いているときに深く満ち足りている人間なのである。
夏休みに、ひとりで誰も訪れない部屋でこりこりパソコンのキーを叩いていると、足下からゆっくりと至福の満足感がこみ上げてくる。
外は台風。
今日はどこにもでかけない。
誰にも会わない。
部屋にはニール・ヤングの Cowgirl in the sand が流れている。

業務連絡でーす
丸亀のロレンツォ・守さんのところで合気道の講習会をやります。

「会場は前回と同じ香川県多度津町総合スポーツセンター武道場。
時間は13:00〜16:00。
会費はちょっと高めで申し訳ないのですが、一般の方は7,000円です。」

ということでした。
お近くのかたで「コヒーレンス合気道」や「三軸自在合気道」に興味のある方は遊びに来て下さい。
稽古のあとは明水亭で懇親会。「世界一おいしいカレーうどん」もあるぞ。
詳細についてのお問い合わせは
e-mail: ika529@niji.or.jp
いかりや呉服店 守 伸二郎
あてに。
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