剣とおいちゃん

2005-07-25 lundi

暑いときに冷房の効いた部屋でこりこり仕事をしているのは幸せなことである。
朝から『街場のアメリカ論』を書き続ける。
これはもう一年以上前に教室でしゃべったことのテープ起こしなのであるが、自分の口述を読んでいるうちに、「お、こういう話の展開なのか・・・、ふーん、あ、そういえば」と思いついた話を書き足す。
すると、その数頁あとに私がいま書き足したのと同じことばづかいで、同じ話が書いてある。
不思議である。
「あ、そういえば」というときには、そこで論じられているのとはぜんぜん「違う」話を思いついているのである。
流れがつながって同じ話が出てくるのなら、私にもわかる。
でも、流れのつながりがない話なのである。
おそらく何らかの「トリガー」があるのだろう。
それに触れると、「かちり」と思考の転轍点が切り替わる。
面白いものである。
催眠中に暗示をかけておくと、覚醒したあとに、「トリガー」になる語を術者が口にすると、被験者は催眠中に指示されたとおりの行動を取る。
それに似ている。
一年前の演習のとき、自分が何を考えていたのかは想像の埒外である。
でも、ある種の問いに遭遇すると(たいていは答えの出ない問いである)、私の頭は「かちん」と切り替わって、同じような「変な話」を始める。
たぶん、私の頭の中の「わからないこと」の倉庫では、「わからなさが似ているもの」が「同じ棚」に置いてあるのだろう。
だから、ある「わからなさ」にヒットすると、同じ棚にある「わからない問題」が次々と脳裏に浮かぶ・・・
というように構造化されているような気がする。
「わかった話」というのはきちんとパッケージされていて、いつでも利用可能な状態になっている。
だから、いつでも「あ、あの話」で呼び出せる。
でも、「わけのわからない話」は「未処理」なので、棚ざらしのままなのである。
たまたまその棚を覗き込む機会が訪れないと、ふだんはそんなものが在庫にあることさえ忘れている。
仕事をしているとイワモト秘書が登場して、無事にネット接続がなされ、本日よりvaioが私のメイン文房具となる(はずであったが翌日早速故障・・・)。
ネット接続を祝って、午後から居合の稽古。
これは先月から始まった身内の研究会のようなものである。
体術でも「刃筋」とか「手の内」とか「押し斬り、引き斬り」ということをときどき言う。
もともと操剣の技法と体術は同じ術理で体系化されているので、剣が扱えれば、体術もできる。
剣の稽古の特徴は相手がいなくてもできるということである。
だから、いつでも、どこでも、何時間でも、どんなやり方でもできる。
それが体術に比べたときの剣の大きなメリットである(逆に言えば、体術の稽古のいちばんの愉しみは「相手がいる」ということである)。
剣を扱う稽古の目的は、効果的な殺傷道具の使い方を覚えるということではない。
そうではなくて、うかつに扱うと自分の手足がすぱすぱ切れ、横から叩けば折れ、固いものにうちつければ刃こぼれし、触れてよい身体部位がごく狭く限定されている細く脆弱な道具をミリ単位で扱うような細密な身体運用を覚えるためである。
抜刀納刀の時、刃と指のあいだにはほとんど隙間がない。鞘引きをいい加減にやると手が切れる。
剣を振る空間にはどこにも「目印」がない。
だから、自分の身体を規矩準縄として剣を操作するしかない。
その精密な身体感覚を練るために剣の稽古を体術の「補習」として取り入れたのである。
半年ほど前からドクター佐藤やPちゃんをはじめ何人かが「剣の操作を習いたい」と言っていた。
基本的な剣の扱い方と型をいくつか教えておけば、あとは一人稽古できるから、まず一人でお稽古できるようになるための初心者コースを始めることにした。
その二回目。
第一回には納刀でみんな苦労していたが、一月のあいだにご自宅でずいぶん稽古されたようで、なかなか手つきがよくなっている。
基本動作をしばらく稽古してから、全剣連の居合道型を四種類お稽古する。
私自身が最初に習ったときにはよく意味がわからないまま稽古していた身体運用も、さすがにあれこれ長くやっていると「なるほど、これはこういうことだったのか・・・」と納得がゆくことが多い。
身体を割ること、肩を使わないこと、深層筋を使うこと、動きを止めないことなどなど。
若い頃は稽古で汗をかき、剣の風切り音ががびゅんびゅんするのがいいと思っていたから、できるだけ疲れるような身体運用をしていた。
どうもそういうものではないらしいということがだんだんわかってくる。

お稽古を終えてから我が家に集まって、「おいちゃん送別会」。
ヤベッチの帰国の後を承けて、こんどはおいちゃんがミネソタのハイスクールに日本語の先生としておでましになるのである。
OGたち22名が集まる。
前回の新歓の47人に比べるとずいぶん家が広く感じる。
みなさんの持ち寄りのご飯を食べ、「送別コント」「送別漫才」などを見て腹を抱えて笑う。
いちばん受けたのは中瀬さんが持ってきた白川主将主演のDVD『合のソナタ』の予告編。
初冬の神戸女学院キャンパスを舞台に白川さんがペ・ヨンジュンで、前川さんがチェ・ジウ。二木さんがセーラー服姿に変身するところで全員床を転げ回る。
おいちゃんとの別れを惜しみつつぱちぱちと写真を撮る。
ぜひおいちゃん滞米中にミネソタ訪問ツァーを挙行したいものである。
元気で帰ってくるんだよ。
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