寿命が縮む

2005-06-18 samedi

全学教授会で「火だるま」となる。
身の不徳の致すところであるから仕方がないといえば仕方がないのであるが、職務上の立場から公的に提案していることがらについてウチダ個人の人格にかかわる批判まで受けるとさすがにこめかみに青筋が立ってくる。
繰り返し言うけれど、私はやりたくて「こんなこと」をしているわけではない。
今「これ」をやっておかないと、いずれ「もっとやりたくないこと」をやらなければならないことになる蓋然性が高いと判断したので、やったらいかがでしょうかとご提言しているわけである。
事情をご存じない方には何のことだかわからないであろうが「教員評価システム」の導入ことである。
日本の大学教員というのはこれまでほとんど「評価」フリーの特権身分であった。
川成洋先生が『大学崩壊』で示したデータによれば、大学教員の25%は過去5年間に一本の論文も書いていない。
学内行政や入試事務を「雑務」と称して、多くの教員が「私は研究者なので雑務はやりたくありません」とうそぶいている。
もちろん、一方に研究熱心な教員、学務に心身をすり減らしている教員、教育に命をかけている教員もいる。
提案させていただいた本学の教員評価システムは、そのような「がんばっている教員」と「それほどがんばっていない教員」の業務の差を目に見えるかたちで数値化し、がんばっている先生には励ましを、がんばってない先生には反省を、という趣旨のものである。
文部科学省はそういうシステムを早く作れとせっついているし、大学基準協会もそういうシステムを持ってないと認証評価での大学格付けに影響が出ますよ、と繰り返し指摘してきている。
認証評価において高い信用格付けを得られるかどうかは、大学淘汰の時代に大学の存続にダイレクトに関与する。それは私たち自身の雇用確保上死活的に重要なことである。
そう考えて、教員評価システムの整備を自己評価委員会で四年にわたって案を練り、二度の大学研修会でも長時間をかけて審議した。
そして最終案を提示したところで、やはりまた「こんなものを作って何になる」「こんなもので大学への貢献を数値化されるのはごめんだ」「だいたい、話の順番がちがう」というようなもろもろのご反論が寄せられた。
そういった反論にはこれまで何度もお答え申し上げてきたはずである。
いったい同じことを何度言わなければならないのであろうか。
おそらく「聞きたくない答え」は先方の耳には選択的に聞こえていないので、それゆえ同じことを何度でも訊ねられるのであろう。
働いても働かなくても同じ給料がもらえ、研究してもしなくても同じ潤沢な研究費が支給されるようなのどかな職場環境はいま日本のごく一部の大学にしか残されていない。
さいわいなことに、本学はその「ごく一部の大学」のひとつである。
ずっとこのままでいたいという願望を私はよく理解できる。
でも、それはむずかしいだろうと思う。
非常にむずかしいだろうと思う。
この研究環境がハードな仕方でクラッシュしないようにするには、外からの淘汰圧に対するある程度の「備え」が必要である。
その「備え」の一つとして教員の自己評価のシステムを立ち上げることは戦略的には適切な判断であると私は考えている。
その「常識」がなぜか多数の方の同意をすみやかに得るというふうには展開しないのである。
それはこれまで学内でウチダが同僚に対して働いてきた「悪事」や「暴言」の清算を迫られているという側面も(すごく)あるので、他人を責めてばかりもいられないのであるところがちょっと切ないが。

ぐったり疲れて帰宅。
平川くんが来ているので、夕食をご一緒する。
生ビールで乾杯して、つまみを二品三品つまむうちにきりきりと胃が痛みだす。
1時間半「針の筵」の上に座っていたので、さすがに私のタフな胃もストレス許容限界を超えたらしい。
食事を途中でやめて、あたふたと家に戻り、持薬のブスコパンを探し出して服用。
30分ほどで薬が効いて、胃の痛みが収まる。
やれやれ。
こんなことで寿命を縮めるとは、まことに割に合わない渡世である。
しかし、胃の痛みも癒えて、あらためて一献傾けつつ平川くんと歓談爆笑しているうちにしだいに寿命が回復してゆく(のがわかる)。
持つべきものは友である。
一夜明けて、東京へ帰る平川くんを「男やもめの所帯はきたねーな」という印象的な言葉を聞き流しつつ送り出す。
私だってほんとは「きれい好き」なんだけど、掃除している時間がないんだよお。

寿命のさらなる延長をはかるべく三週間ぶりの芦屋の合気道のお稽古へ。
30人近くが道場にひしめいている。
コヒーレンス合気道正面打ち一教に新たな「気づき」があって(腕の旋回)、それをあれこれと工夫してみる。
気持ちのいい汗をかく。
合気道はいいなあ。

お稽古のあと、神戸のKAVCホールにイクシマくんの芝居を見に行く。
イクシマくんは「ぷーのさっちゃん」の同期生で、脚本も書くし、演出もするし、芝居もするマルチタレントな演劇少女(もうだいぶ大人)である。
ego-rock という劇団を主宰しているが、今回は劇団VADAというところの公演にシナリオライター&女優として参加している。
卒業生のパフォーマンスはできるだけフォローすることを「卒業後教育」の一環として自らに課しているので、神戸まででかける。
女優で出ている河田幸子さんも本学の今はなき「創楽座」のメンバーである。
IT秘書室長のフジイもたしかむかしは芝居の演出をしたことがある。
かくいう私も二十代には代役で六本木の旧俳優座劇場の舞台を踏んだことがある。
そのときの私の怪しい演技を見たNHKのディレクターからしばらくしてTVドラマへの出演依頼があった。
私はフランス文学研究者なのであって、あれは「たまたま」人がいなくて出ただけなんですとお断りした。
私にオッファーされた役は結局状況劇場にいた小林薫さんにキャストされた。
あのときTVドラマに出て、そのまま俳優になっていたら、私の人生はどうなっていたのであろう。
いまごろは小津映画の北龍二みたいな「大学教授の役」ばかりやる俳優になっていたかもしれない。
人生にはさまざまな岐路があるものである。
イクシマくんは脚本も練れているし、芝居も微妙に狂気がにじんでいるし、美貌だし、そのうち関西演劇界のアイドルになるかもしれない。
明日までだけどお近くの方は見に行ってやってください。

劇団VADA第13回公演「最後の朝食」
神戸アートヴィレッジセンターホール(新開地から5分、JR神戸から10分)
明日は13時と17時の二回
当日2400円。
問い合わせ 078-842-6574(劇団VADA)
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