野麦峠にチャクラを見た

2005-06-05 dimanche

三宅先生ご夫妻とドクター佐藤がお迎えに来て、いっしょに伊丹へ。週末は信州之沢渡(さわんど)温泉「しおり絵」にて池上先生との対談本『身体の言い分』の「打ち上げ」である。
松本空港に着くと、池上先生ご夫妻、アシュラムノヴァの赤羽さん、藤巻さん、毎日新聞の中野さん、そして今回発のご参加、『秘伝』編集部の塩澤さんにお出迎えいただく。
前夜あまりよく眠れなかったので(理由は記したとおり)、最初はたいへん不機嫌なウチダであったが、行きの車中、機中において(気の毒に隣り合わせた)ドクターを聴き役に、ジャーナリズム批判、アカデミズム批判、官僚批判など、あたりかまわず毒を吐きまくって解毒が果たされたようで、松本空港からお昼のおそばやさんに移動する頃にはふだんの機嫌に戻る。
大変美味しいおそばを頂き、恒例の昼ビールをくいくいと飲み干すと同時にどっと眠気が襲ってきて、沢之渡温泉に着くまで車中爆睡。
この温泉行のあいだに初校ゲラの校正と「まえがき」5000字を書き上げることを中野さんから厳命されているので、温泉に着き、ひと風呂浴びて旅の汗とビールの酔いを流すと、ただちにひとり部屋にこもって「缶詰状態」。
缶詰になること3時間半。
無事に校正と「まえがき」原稿5100字を書き上げて、もう一度お風呂にはいって、隣室で治療をしているみなさんに合流、とりあえず池上先生に体軸の歪みだけ応急治療で治していただく。本格的な治療は翌日である。
今回の温泉旅行の主目的である物書き仕事はこれで片づいてしまったので、あとは遊ぶだけ。
たいへんハイな気分で宴席につき、まずは生ビールで乾杯、引き続き山海の珍味を賞味しつつ、ワイン、日本酒などをどしどし頂き、一同談論風発。
池上先生たちの方も「三軸法人化」の話し合いの方もだいたいまとまったようである。
三軸というのは池上先生のなんでもおもしろがり、どんなところにも治療のきっかけを発見する開放的で大胆不敵な「ブリコラージュ」的な姿勢をおおきな動力源にしている治療運動のように私には見える。だから、これが制度的にかっちりしたものになることはなんとなく似つかわしくないような気がする。
でも、現実に池上先生の知らない人が「三軸」の名を掲げて治療行為をして、その人たちの起こしたトラブルが池上先生のところに持ち込まれるというような事態が起きている以上、治療原理の純良さを守るためには組織化もやむをえないのかも知れない。
三宅先生たちがずいぶん長い時間をかけて準備をして協会化の大筋が決まったようである。
どうせ組織化するなら宗教法人にしちゃって、池上先生を「教祖」にしたらどうですか、とはたから無責任な提言をするが、もちろん一顧だにされない。
部屋に移って、さらに馬刺しに日本酒を頂きつつ、深更までおおいに語り笑う。
12時就寝。ふとんに入って二秒で寝付く。
8時半起床。
庭に張り出した「部屋付き露天風呂」に浸かる。
これはたいへん便利なもので、ふとんから起きあがって、浴衣を脱ぎつつ三歩でもう湯船の中なのである。
沢之渡温泉のお湯はとても「やわらかい」。
新緑の山並みを眺めつつ、さんさんと降り注ぐ初夏の太陽を浴び、梓川のせせらぎの音を聞きながら、湯船で手足を伸ばす。
うううううう極楽かも。
朝のごちそうを食べ、コーヒーをのみながら、ドクター相手にフランスにおける大西洋の干満問題、教室施錠問題など「どうしてこんなことをこのような場で論じなければならないのか、その理路が話している本人にもよくわからない無駄話」に熱弁をふるう。
チェックアウトして松本の池上研究所へ。
そこで、前夜から話題の中心であったドイツ製の「チャクラ解放装置」の実験に全員でとりかかる。
池上先生はこの手の「ガジェット」が心底好きな方である。
装置の原理は、臓器や身体部位の固有振動数を検出して、その標準値との偏差から身体の状態を診断するもののようである(と説明されてもやはりよくわからない)。
最初の実験台にされた三宅先生がダウジングのような金属のロッドを両手に握る。
その先の装置から出ている細い針のようなものを池上先生が握り、その針の先端のコイルが振動数を変えるたびにくるくる回転したり、縦揺れしたり、横揺れしたり忙しく動く。
くるくる回転するのが「よい」で、「横揺れ」が「最悪」らしい。
三宅先生は「生きる気力、生きる勇気」に問題ありと診断される。
三宅先生が「生きる気力」に乏しいとされるのであれば、世の中の人間の過半は「死者も同然」ということになるが、それでよろしいのであろうか。
というわけで、実験参加者全員が池上先生に「先生、針、自分で動かしてません?」という懐疑的な視線を向ける。
池上先生の「いたずら好き」によって日頃お弟子さまたちがどのように翻弄され続けているかを雄弁に語る印象的な視線であった。
とりあえず「ぼく、動かしてないよ」という言葉を真に受けることにして、私も私もとみんなが次々とロッドを握る。
私は「電磁波の影響を受けている」と「細胞の再生力に問題あり」と診断される。
しかし、それで落ち込む必要はない。
そのために「チャクラ解放装置」がちゃんと備えてある。
うれしはずかし Chakra Opener と堂々と刻印された装置から二本のロッドが出ており、これを五分間握っていると七つのチャクラが順番に開いてくれるのだそうである。
5分間ロッドを握ってからもう一度「ダウジング」装置にもどってコイルをみつめると、こんどは「電磁波」も「細胞」も元気よくコイルがくるくる回転してくれる。
ありがたや。
チャクラが開いたおかげで健康体に戻ったようである。
このドイツ製ガジェットのお値段は40万円。
いかにもドイツ製らしく頑丈な作りで、製造開始してからすでに25年ほど全世界でご愛用されているそうである。
金属ロッドを握るだけでチャクラが開いて心身のポテンシャルが開花するのであれば、40万円は安い。
研究費で買おうかしらと一瞬考える。
身体論は私の本業の研究分野であるから、別に買っても誰にはばかることもないのであるが、伝票を差し出したときのヒラヤマさんの「何! ウチダ先生、何! これ!『チャクラ・オープナー』って何! 見せて、触らせて、貸して!」という反応が今から目に見えるようなので断念するのである。
そのあと池上先生と三宅先生にたっぷりと治療して頂き、全身綿のようなへろへろ状態となり、客間の床に倒れて爆睡。
疲れがものすごくたまっていたのである。
そのように「倒れている」のが私の身体の正常であり、「立って歩いている」ことの方が異常なのである。
そのまま空港への車中でも飛行機の中でも伊丹から芦屋までの車の中でもずっと居眠りし続ける。
池上先生、三宅先生、みなさんどうも二日間ありがとうございました!
また遊んで下さいね。

PS・朝日の記事はさいわい私の書いたものをそのまま掲載してくれるという連絡が入った。明日の朝刊に出るのは、私の書いた原稿である(字数が少しオーバーしたそうなので、ちょっと短くなったらしいけど)。だから、記事を読んで「ウチダは何をぬかしておるのか」と怒られた方がいても、その怒りはストレートに私に向けて頂いて結構なのである。
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