ひとり使い回し男の悲哀

2005-04-07 jeudi

今日はクラブ紹介。
クラブ紹介の舞台に出てくる教員というのは、私が知る限り過去15年間、一人しかいない。
91 年の4月のクラブ紹介のときにひとりで舞台に出ていって、「これからの女子大生は文武両道でなければいけない」と獅子吼して合気道部員35名をゲットした。
それが本学の合気道部の始まりである。
以来毎年講堂の舞台で新入生の勧誘をしている。
自分で作ったクラブであるから、自分で部員を勧誘する。
シンプルである。
だが、新入生にしてみると、入学式で黒いフレームの眼鏡をかけておごそかにマタイ伝を読んだ男が、次の日は冷たい声で教務部長訓辞を行い、その二日後には袴を穿いて舞台でウッキー相手に「ぎえー」と叫びながら杖の型を演じているわけで、「この学校って、『使い回し』なの?」という疑問を抱かれたかもしれない。
ご心配無用である。
「ひとり使い回し」をしているのはこの男だけである。
舞台の袖で出番待ちをしていたら、能楽部の子たちが通りかかる。
本学能楽部は上田貴弘先生が師範であり、私たちの師匠の下川先生は先代の上田照也先生の内弟子であるから、われわれはみな上田の同門である。
その能楽部は四年生が卒業して、二年生ひとりしかいない。
卒業生たち二人が応援に来ている。
この子たちは下川正謡会のときにバイトで受け付けや切り戸の開け閉めをしているので顔見知りである。
毎年京大の能楽部の男子諸君が応援に来てくれている。
今日も「蝉丸」の地謡のために京都から四人来てくれていた。
どうも同門のクラブの応援ありがとうございます。一つよろしくお引き回しのほどをと頭をぺこりと下げたら、中の一人が「ぼく、去年先生の授業出ました」と言う。
そういえば、去年の夏に京大で「超身体論」と題する集中講義をしたことがあった。
ワッタスモールワールド。
今年も冬に集中で映画論やるから来てねとついでに勧誘しておく。
同門のよしみで「蝉丸」の地謡にも出てあげればよかったのだが、新入生諸君がこの上紋付き袴の私の姿を見たら、「ひとり使い回し」にさらなる混乱を味わうであろうから、やはりここは自粛が正解。
どっちにしても、そのうちフランス語と体育の授業で顔を合わせるんだし。
道衣を着替えてから密談二件。
私はいろいろな人から「ここだけの話ですが…」という「密談」を持ちかけられる。
もちろん、それは私がたいへんに口の堅い人間であることが学内ひろく知られているからである。
ウチダにした話は外部に漏れない。
これは本学の教職員のほとんどに周知されていることである。
だが、その理由が、聞いた話を聞いたそばから忘れてしまうために、誰かに告げ口しようとしても、そのときにはもう何も思い出せないからなのであることをほとんどの人は知らない。

オフィスのネスプレッソでエスプレッソを淹れて飲む。
たいへんに美味である。
このエスプレッソ・マシンは既報の通り、「オフィスにコーヒーメイカーが欲しい」とここに書いたらネスプレッソの方がお送り下さったのである。
いっしょにコーヒー豆のカートリッジも三月分くらい送って頂いた。
毎日がぶがぶ飲んでいるので、そのうちなくなるはずだが、同封のマニュアルにはカートリッジの購入方法が書かれていない。
そのうちご教示頂けるとありがたいです。

夕方から合気道のお稽古。
新幹部の三回生がニキさん以外誰も来ていない。
本日は四月の最初の稽古であるから、新主将が私の受けを取る最初の日であるのだが、その新主将がいない。
さっきまでクラブ紹介のところにじゃらじゃらいたのにあの連中はどこに行ったのだと詰問するが、みんな下を向いて答えようとしない。
あのー、みんな『コンスタンティン』を見に行きました。
とウッキーがこっそり教えてくれる。
私が土曜日にばらまいた試写会のチケットを三回生諸君は活用されたのである。
私が「見に行ってね」と差し上げたチケットであるから、文句も言えない。
たしかにウチダとキアヌ・リーブスと「どっちの顔を見たい?」と訊かれて逡巡する女子大生はおらないであろう。
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